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元箱根駅伝選手、指導者としてキルギスへ。
教え子の五輪出場を通して伝えたいこと。
posted2020/03/26 11:00
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph by
JICA
今回の冒険者
髙橋賢人さんKento Takahashi
1987年、福島県生まれ。高校から陸上を始め、大東文化大2年時と4年時には箱根駅伝に出場する。卒業後、製薬会社などを経て、JICA青年海外協力隊員だった兄の影響を受け、'18年にキルギスに派遣。同国の陸上選手の指導にあたり、'20年1月に帰国。
東京2020に出場する海外選手には、日本人コーチの指導によって力をつけたアスリートがいる。中央アジア、キルギスのランナーたちがそう。彼らは2018年から2年間、髙橋賢人さんの指導を受けた。
かつて箱根駅伝で活躍した髙橋さんは、JICAのスポーツ隊員として「陸上選手の育成・発掘」を目的に現地に渡る。馴染みのないキルギスで、彼はふたつのことに驚かされた。
ひとつは施設、道具の乏しさ。
「ストップウォッチは防水機能がなく、雨が降ると故障する。ゴールを判定する映像機器もないので、大会ではスマホを使う。スマホの映像を何度も巻き戻して順位を決めるので、ものすごく時間がかかります」
もうひとつは選手たちの気質。
「キルギス人は自ら認めるほどあきらめやすくて怠けやすいところがあり、指示されないと動かない。選手たちも同様です」
髙橋さんは、そんなキルギスのランナーを精神面から変えようとした。
言葉だけでは自主性は生まれない。
「何度も言ったのは“自分の頭で考えて行動しよう”ということ。なんのために走るのか、目的を持たなければいい練習をしても意味がないですから」
覚えたてのロシア語で、髙橋さんは根気強く若者たちと対話をくり返した。
「疲れたなら家に帰ってもいいんだよ。それでもやるなら、ちゃんとやろう」
やらされる練習に慣れた選手に自主性を植えつけようとした。
言葉だけでは動かない。そんな気質を知った髙橋さんが自分で走ってお手本を見せると、彼らの言動が変わり始めた。
「ケント、昨日は家でこんな練習したよ」
「ケント、今日はどこで走ってるの?」
恋愛相談を持ちかけられるほど信頼され、慕われるようになった。