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ノンスタ石田が語る漫才と競技化(3)
和牛が作った型、笑い飯の天才性。

posted2020/01/21 18:10

 
ノンスタ石田が語る漫才と競技化(3)和牛が作った型、笑い飯の天才性。<Number Web> photograph by Kei Nakamura

漫才の構造や系譜を解説しながら、自分も舞台に立つ。NON STYLEというコンビもまた、難しいことに挑戦しているのだ。

text by

中村計

中村計Kei Nakamura

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Kei Nakamura

漫才に点数がついて、優劣が決まる。
「漫才で点数を競う」この競技は、2001年に『M-1グランプリ』が始まる前は今ほどメジャーではなかった。
もちろん『M-1』以前から賞レース自体は存在したが、賞を獲ったから売れるというよりは、劇場でウケている芸人に送られる賞という意味合いが強かった。
『M-1』の登場は日本の漫才シーンを、漫才のあり方を、芸人の考え方を大きく変えた。
競技化することで漫才はどう変わったか、そして変わらないものは何か。
2008年のM-1王者であり、そして芸能界屈指のお笑いオタクでもある『NON STYLE』石田明さんに話を聞いた。

――毎年毎年、M-1が終わるたびに「〇〇は何々が新しい」「〇〇の何々が新しかった」という話が出ますが、実際そんなに新しいものってあるものなのでしょうか。中には、じつは昔から誰かがやっていた漫才と骨格は一緒というネタもありそうな気がするのですが。

 それに、ああやって「新しさ」ばかり強調していると、芸人の方たちは自分で自分の首をしめることになってしまわないでしょうか。

石田「もちろん、過去の漫才の影響を受けていない人なんて、この世にいないと思います。でも毎年、新しくはないかもしれませんけど、新しく感じられるものはありますよね。

 笑い飯さんが『ダブルボケ漫才』で脚光を浴びましたが、あれも横山やすし・きよし師匠が昔からやっていました。ただあそこまで徹底して、しかもあれだけ完成度の高いネタに到達したコンビはいなかったと思うんです。チュートリアルの『妄想漫才』も、似たようなことをやった人はたくさんいるでしょうが、あそこまでやり切った人はいなかった。

 今年のミルクボーイも、軽いノリの若者と、マウントを取りたがるオッサンの漫才と言ったらよくあるねと言われてしまうかもしれない。でも、あそこまでポップなテーマで入って、理論と偏見で固めて、広げて、国民全員を笑わせたコンビはミルクボーイだけですよ」

M-1を意識し過ぎると袋小路に入る。

――M-1の新しくなければいけないという観念にとらわれ過ぎて、漫才自体が「おもしろさ」から遠ざかってしまうことはないのでしょうか。

石田「迷ってる人はいっぱいいるでしょうね。だから、迷子になってる若手には必ず、言うんです。1回普通のネタ書き、って。M-1のことを意識し過ぎると、どうしても袋小路に入ってしまう。M-1を意識したネタを一般のお客さんの前でやってもウケませんから。

 そうすると二重に自信を失って、どんどん悪循環に陥ってしまう。今年の決勝に出た全10組の中で、ネタがようわからんわ、という組はいなかったですよね。彼らはみんな玄人をうならせ、それでいて一般のお客さんを爆笑させる漫才をつくりあげてきた人たちなんです」

【次ページ】 笑い飯はベタをベタじゃなく見せる天才。

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