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水球の日本一決定戦は価値観の争い。
禁断の戦術を貫いた大本洋嗣の覚悟。
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byKei Nakamura
posted2019/11/05 08:00
代表合宿でのワンシーン。ここにもKingfisher74とブルボンウォーターポロクラブ柏崎の選手が数多く含まれている。
世界一の選手に聞いた日本の評価。
あれから3年が経過した。日本は7月に開催された世界選手権で、優勝したイタリアに7-9と善戦した。日本はタブー戦術を捨ててはいない。捨てるどころかさらに先へ進めていた。
秋のイタリア遠征で、大本は強国セルビアの主将で「世界一の左」と称されるフィリップ・フィリポビッチと食事をする機会があった。同選手は現在、世界最高峰のリーグ、イタリア1部リーグのスター軍団プロレッコでプレーしている。
その席で大本はフィリポビッチに「日本代表がイタリアリーグで1シーズン戦ったら何位に入ると思うか」と聞いた。すると「2位だ」という答えが返ってきた。自分が所属するプロレッコにはおよばないが、他のチームには勝てると言ったのだ。大本はその評価を額面通りに受け取った。
「サービストークという感じではなかったですから」
「考えないで、下手な鉄砲でいいから」
ただし、世界は近づいたようで、でもまだまだ距離がある。世界選手権において、日本は善戦したものの予選で敗退し、目標のベスト8進出はならなかった。大本は自信以上に難しさを痛感したという。
「イタリア戦はいい勝負をしたけど、点は取れなかった。大敗でもいいから10点以上取って20点ぐらい取られて負ける試合の方がまだ先につながる。点を取るシステムで臨んでるので。
強豪国相手だと、どうしても相手の圧力に押されて、知らず知らずのうちに守りに入ってしまう。それだといい勝負はできても、永久に勝てない。世界の上位8カ国に勝つのは本当に大変。それがわかっちゃった。相手のことを考えちゃダメ。考えるとディフェンシブになるので。考えないで、下手な鉄砲でいいからとにかく打たないと」
パスラインディフェンスは実際のところ、戦術と呼べるほどスマートなものではない。攻撃中も守備中も休む暇がないので無尽蔵のスタミナが要求される。それだけの泳力を養うには、日頃から相当なハードワークをこなさなければならない。
リオ五輪で日本代表が一定の成果を上げたものの、国内では思ったほどパスラインディフェンスは浸透しなかった。理由はシンプルだ。大変だからだ。そして、その苦労は報われるとは限らない。
これほど極端な戦術を用いるのは世界中でも日本代表と、その主な供給先である日体大だけだ。