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松島幸太朗、トライ量産への思考。
被災地にまいた種と鳴り続ける電話。
posted2019/10/28 20:00
text by
占部哲也(東京中日スポーツ)Tetsuya Urabe
photograph by
Naoya Sanuki
これは名探偵の推理ではない。今回のラグビーワールドカップで日本史上最多5つものトライを奪ったWTB松島幸太朗の成長の秘密を探る、ぼんくら記者による臆測だ。
1トライを挙げた前回大会からの変化――。W杯開幕前、まだ日本中に知られる前の松島は言っていた。
「分析して、準備すること。伝えること。そのためには1人の時間でも分析しないといけない」
抜群のスピードに目を奪われるが、それを生かす確かな土台を築いた。事実、速さで言えば「僕の中でのフェラーリは福岡堅樹です」と口にしている。同学年の韋駄天のように直線的ではない。松島の走りはスラローム。わずかなコースを見つけ、間隙を突く。
今大会に向けてはリーダーズグループに入った。恥ずかしがり屋がコミュニケーションにも時間を費やした。「試合のため」ではなく「勝つため」、「ベスト8」への準備がそこには存在した。わずかな意識の差だが、ピッチ上では大きな差が生まれた。「1」→「5」。印象的なトライは増え、人々の脳裏に次々と刻まれた。
開幕ロシア戦のハットトリックも衝撃だったが、「2019年版の松島」が凝縮されたのは、サモアとの第3戦のラストプレーで、ボーナスポイントを獲得したトライではなかろうか。
「チャンスがあれば回してくれ」
しっかりと伏線を張っていた。最終局面でも冷静に相手の陣形をインプット。スクラムを組む前にSH田中史朗に「チャンスがあれば回してくれ」と伝達していた。尊敬する先輩からドンピシャの高速パスを受ける。相手ディフェンスと正対するのではなく、少しズレたポジションを取って惑わした。そして、隣のタッチライン沿いには福岡が構えていた。
冷徹なハンターは蓄積した分析力、広い視野、相手の思考を読み、一瞬にして答えを導き出す。
「外側の選手が(福岡へのパスの)インターセプトを狙っていた」
あえて、パスダミーを敢行し、わずかな空間を自ら創造して楕円をインゴールに突き刺した。美しいものは掛け値なく美しい。3万9695人の観客が感動で総立ち。スタンディングオベーションで美技を称えた。この瞬間だけはスタジアムに敵も、味方もない。一体となり、拍手で包まれる。まさに劇場と化した。その光景を見て鳥肌が立った。