濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
名レフェリーが同期と試合を。
梅木よしのり、25年目の“デビュー戦”。
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byPANCRASE
posted2019/09/19 18:00
5月には同期・近藤有己の試合を裁いた梅木。今度は選手として伊藤崇文と対戦する。
相部屋だった伊藤崇文との対戦、その心境は。
伊藤はデビューすると先輩超えを果たし新人トーナメントに優勝。近藤はその伊藤にデビュー戦で勝ち、5戦目で鈴木を下し大ニュースとなった。同期の活躍を横目で見ていた梅木の心境は、しかし決してネガティブなものではなかったという。
「素直に嬉しかったですよ。ジェラシーとか変な感情はまったくなかった。みんな仲が良かった、というか今でも仲がいいので」
レフェリーになって20年以上。正直、伊藤と試合で対戦するなんて想像もしていなかった。
「新弟子時代も“いつか闘おうぜ”と誓い合うような熱い会話はしなかったですね。関西人の伊藤とはバカ話ばっかりしていた。まして伊藤は、スパーをすると同期の中で一番強かったですから。僕がレフェリーになったこともあって“闘う相手”と認識したことがないんですよ」
今回の対戦は、降ってわいたような話だった。だから余計に「これを逃したらもうこんな機会はない」と考えたそうだ。『ハードヒット』は、パンクラスから鈴木を追って“純プロレス”に進出した佐藤光留が主宰している。掌底、ロープエスケープありの“U系”プロレスイベントだ。
蛍光灯で殴り合うプロレスがあるなら、格闘技の技だけを使うプロレスがあってもいい、というのが佐藤の主張だ。佐藤の人脈で、往年の名格闘家が参戦することもあれば(佐藤の現在の主戦場である)全日本プロレスの選手が出てくることも。
『ハードヒット』ならではのマッチメイク。
“パンクラスのプロレスラー”である佐藤らしいのが、年に1回グラップリング(打撃なし)の大会を開催することだ。そこで実現することになったのが、梅木と伊藤の一戦。後輩として2人の歴史を知る佐藤ならではのマッチメイクだった。この独自のイベントでなければ、ベテラン選手対レフェリーのグラップリングマッチが組まれることはなかっただろう。
試合が決まり、インストラクター業だけでなく自分の練習も徐々に始めたという梅木。自信などなく「とにかく頑張るだけ」と言う。ただ20年以上のキャリアで培った、レフェリーとしてのプライドはある。
選手だけでなく、レフェリーもまた格闘技界の最前線を生きている。技術、戦略、採点基準のトレンドを掴んでいなければ試合を預かることはできない。梅木はMMAを「3年で選手の動きが別物になってくる」世界だと表現した。
「それに追いついていないといけないですから、レフェリーは。選手に“僕が攻めていたのが分からなかったんですか?”と言われるわけにはいかない。月に一回のペースで、レフェリー10数人が集まってミーティングをしてます。担当している団体だけでなく、海外の試合映像も見て研究しますね。そういう経験が試合でも役立つかは分からないですけど、少なくとも経験していないよりはプラスかなと。20何年、ずっと格闘技について考えてきたのは確かなので」