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2012年、イチローが日本開幕戦で、
一言も肉声を残さなかった深い理由。
text by
石田雄太Yuta Ishida
photograph byNaoya Sanuki
posted2019/08/27 11:40
現役最後となった試合から7年前。同じ東京ドーム、同じアスレチックス相手に、イチローはグラウンドで躍動していた。
感動を与える、という表現に思う。
「人の心を動かすとか、勇気を与えるとか、感動を与えるとか、よく言われるフレーズですけど、そんなこと無理なんです。それは、目的にはできない。目的となったら、そんなこと、達成できるわけがない。なるとしたら結果的に、でしかない。だから僕はそんな想いは持てないんです」
つまり、こういうことだ。
イチローのプレーが復興支援に結びつくかどうかは、被災地の人々がどう感じるかによって決まる。イチローがそれを決めるわけではない。だから、彼はいつでもどこでも、いつもと同じようにプレーする。
「何かを示そうとすることも同じです。示そうとすることが示されることはない。結局、それは受け手側がどう感じるかですから。受け手側が何かを感じれば結果的にそうなったと言えるだろうし、ただ、表現する側がそれを目的としてやって、受け手側に伝わるなんてことはない。無理なんです。だから、その価値観を持って臨む。伝えようとすればするほど、それは達成できないということを知った上でプレーしなくてはなりません」
一生に一度あるかどうかの機会。
メジャーに渡ってから、彼が日本でプレーを披露するのは、日米野球、2度のWBCに続いて、これが4度目。開幕前、イチローはこんなふうに話していた。
「2003年にチャンスがありましたが、イラク戦争でそのチャンスが消えてしまいました。もうないかもしれないと思っていたところに、このタイミングでチャンスが来た。一生に一度あるかどうかの機会ですから、大切にしたいという想いでいます」
2011年、イチローは10年続けてきたシーズン200安打、打率3割をクリアすることができなかった。オールスターゲームへの出場も叶わず、ゴールドグラブ賞も獲得できなかった。記録を続けることに追われてきたイチローが、その呪縛から解き放たれた今シーズンの開幕が日本だったという流れは、彼にとって意味のあることなのだろうか。
「その流れは自分でコントロールできることではありません。ただそれが偶然かと言われれば、僕はそうとも思えないという考え方です。もちろん日本での開幕がなぜこのタイミングで訪れたのかという理由は今はわからないし、時間が経過しないとその答えは出ないでしょう」