Number ExBACK NUMBER
2012年、イチローが日本開幕戦で、
一言も肉声を残さなかった深い理由。
posted2019/08/27 11:40
text by
石田雄太Yuta Ishida
photograph by
Naoya Sanuki
この20年で180回以上渡米し、100時間以上、イチローとの1対1のインタビューに臨んできたスポーツライター・石田雄太さんの集大成といえる一冊『イチロー・インタビューズ 激闘の軌跡 2000-2019』が現在発売中だ。収録された38編の珠玉のインタビューから、今回は2012年、日本で開催されたメジャーリーグ開幕戦の直後の肉声をお届けする。
2019年3月、引退を決めた試合から7年前、イチローは「日本でプレーするのはこれが最後かもしれない」という覚悟を持って、東京ドームでの開幕戦に臨んでいた。しかし日本滞在中、会見などでは一言も発することなく、シアトルへ戻った。
石田氏だから聞くことのできた、イチローの真意が語られる……。
とうとう最後まで、直に肉声を届けることはなかった。イチローは、開幕前の記者会見も、練習後のテレビカメラによる取材も、開幕戦が終わったあとのヒーローインタビューも一切、受けることはなかった。彼は日本のファンの前で、一言も言葉を発していない。
にもかかわらず、いったいなぜ彼の想いはこれほどまでにファンのもとへ届いたという実感があるのだろう。日本でのイチローのプレーは、じつに雄弁だった。
喝采の中、打席に立つ。
バットを高々と掲げる。
360度からのフラッシュを浴びる。
彼の立ち居振る舞い、そのすべてがメッセージだった。日本人は、イチローのプレーを見て、そのメッセージを感じ取ろうとした。
開幕戦に勝った瞬間、イチローはグラブをポンと叩き、ライトスタンドを指差した。それは、シアトルでは見た覚えのない仕草だった。試合後、『シアトルではなかなかないと思うけど……』と問いかけた瞬間、イチローは、なかなか、という言葉に反応して、すかさずこう言った。
アメリカでは絶対にしないこと。
「なかなかじゃない、絶対、ないでしょ」
そう、アメリカでは絶対にしないことを、日本でのイチローはしたのだ。さらに、その心を訊ねると、イチローはこう言った。
「日本で開幕する機会は、一生でこの2試合しかないと思っているから……それが過ぎたときには、間違いなく、あっという間だったな、となる。だから、瞬間瞬間を刻みたいという想いだったし、ここに足を運んでくれた人もおそらくそうだったんじゃないかな。それを共有したかった」
言葉で伝えないほうがいいこともある。想いを言葉に変換する桁外れの能力を持つイチローが、それでもわかりやすく表現することをためらうほどの、複雑な想いを抱いた。
だからこそ、安易に言葉を発しなかったのだろう。MLBが2012年、開幕戦を日本で開催することにしたのは、去年の東日本大震災と無関係ではあり得ない。この開幕シリーズ、MLBは復興支援を大々的に打ち出していた。しかし、イチローはそうした方向性とは別のところを向いている。