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本屋大賞ノンフィクション本大賞候補、
『極夜行』が現代社会に必要な理由。 

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古田大輔(BuzzFeedJapan創刊編集長)

古田大輔(BuzzFeedJapan創刊編集長)Daisuke Furuta

PROFILE

photograph byYusuke Kakuhata

posted2018/09/26 11:30

本屋大賞ノンフィクション本大賞候補、『極夜行』が現代社会に必要な理由。<Number Web> photograph by Yusuke Kakuhata

「極夜世界。そこには絶望しかなかった」。暗闇の北極で80日間を生き延び、初めて太陽を見た瞬間の写真。

「生きようとする1人の人間として」

 読者は追い込まれる著者の姿にスリルを感じ、引き込まれる。だが、『極夜行』の魅力はそこに止まらない。

 もし、そこにしか魅力がないのだとしたら、冒険家は死に至るまで過酷な挑戦を続けざるをえないことになるのかもしれないが、そうではない。

「月の光と、それに照らされて闇夜に白くぼわーっと浮かびあがっている幻想的な光景のなかを歩きながら、私は完全に宇宙空間を探検しているような感覚に陥った。

 音もなかった。風もなかった。光もわずかしかなかった。

 そこにあるのは私と氷と星と月。あとは犬。

 (中略)

 風景が美しく見えるのは、私が単なる観光客としてこの場にいるからではなく、生きようとする1人の人間としてそこにいるからだった。私のまわりで展開している闇や星や月は見た目の美しい観賞物としてではなく、私と本質的な関係をもつ物体や現象として、そこにあった。

 私は天体をよすがに旅をし、闇は私を支配する。こうした状況により、私はこれらの諸要素と相互に機能しあう環世界の中に完全に入り込んでいるわけだった。私はそのことを実感しながら歩いていた」

冒険の過程を追体験できる喜び。

 読者は著者が見た壮絶なまでに美しい景色を、文章を通じて追体験する。その追体験は、たんにインターネットで検索して出てきた画像を見るものとは違う。

 筆者がその景色を見るまでの過程を含めて追体験することで、間接的にではあるが、その風景が「本質的な関係をもつ物体や現象」として眼前に立ち上がってくる。

 著者はときにユーモアを交え、読者を楽しませる。

 その一方で、冒険の旅が持つ「社会性」について、ストイックにその意味を突き詰める。

【次ページ】 ネットでは味わえないリアルがここに。

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角幡唯介

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