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小学校の先生は高校野球の監督。
慶應の「二刀流」森林貴彦とは。
text by
田中大貴Daiki Tanaka
photograph byKyodo News
posted2018/08/04 17:00
森林監督(左奥)は慶應普通部(中学校)を経て慶應高で遊撃手としてプレーした実績を持つ。
「高校生は大人と子どもの中間」
当時は難しい挑戦かと思われた。与えられた時間はすべての高校野球の指導者に平等の24時間365日。甲子園出場に向けて選手と向き合い、指導できる時間は明らかに少ない。
歴代の甲子園出場校の監督からしたら、想像もつかない環境だと思われる。
しかし、森林監督は100回記念大会である今夏の北神奈川大会を勝ち抜き、監督就任3年で、春夏連続の甲子園出場という形で鮮やかに答えを出して見せたのだ。
「他校の監督と違う点は? と聞かれても、明らかに違いますよね。小学生と高校生の両方を見ているんですから」と、森林監督。
「高校生は、大人と子どものちょうど中間。小学生のような元気さを持つ子どもらしさと、自己と思考力のある大人の側面を持ち合わせている。僕はその両方を引き出してあげる役目です」
今の慶應高校の選手たちは、まるで森林監督の言葉を体現するかのようにプレーする。ダイヤモンド内を情熱がほとばしるように無邪気に躍動したかと思えば、一方でベンチ、バッターボックス、グランド外ではしたたかなほど冷静に、緻密に局面を考え抜いている。
選手自ら「もう投げられません」。
そして、選手たちは自らの意思を包み隠さず、森林監督に告げる。
「もう投げられません。無理です」
これは北神奈川大会決勝で先発した慶應高校のエース生井惇己が、リードして迎えた試合終盤、右翼守備からの再登板を打診された際に、森林監督に告げた言葉だ。
高校野球の常識からしたら「大丈夫です、行きます。最後、投げさせてください」というのが、甲子園出場に手を掛けたエースの発する言葉だろう。
ただ、そんな生井の言葉を森林監督はすんなりと受け入れる。
「僕は小学校で教壇に立ち続けてきました。そこでは生徒一人ひとりの行動を見ることを大切にしてきました。高校の監督就任に当たっても、グラウンドに立てる時間が少ない分、練習指導は学生コーチに任せて、僕はとにかく選手の人間的な本質を見ることに時間を割いてきましたから」