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<歩みをとめない者たち>
料理人・西芳照がサッカー日本代表と故郷に注ぎ続ける愛情。 

text by

二宮寿朗

二宮寿朗Toshio Ninomiya

PROFILE

photograph byTakuya Sugiyama

posted2018/06/21 11:00

<歩みをとめない者たち>料理人・西芳照がサッカー日本代表と故郷に注ぎ続ける愛情。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

自分だけ歩みをとめてはいけない。

 施設の周辺一帯は余震や放射能の不安にさらされ、避難指示が解除されても帰町は思うように進まなかった。今なお、復興の途中であることに変わりはない。しかし、Jヴィレッジがその希望のシンボルになることを、西は願っている。

 恩返し――。

 代表専属シェフの仕事を続ける理由は、ここにある。西は現在、56歳。シェフの仕事は体力勝負だ。食材の買い出しや運搬から始まり、1日の大半を厨房で格闘する。料理との闘いのみならず、海外のホテルになるとシェフ同士の調理場所争いなどもある。1分、いや1秒が勝負なのだ。

 5年前、ブラジルで開催されたコンフェデレーションズカップでは冷房の利かない厨房で終日、業務に追われたため、疲労がしばらく抜けなかったことがあった。「チームに迷惑がかかることだけは絶対に避けなきゃいけない」との思いから、前回のブラジルワールドカップを最後に代表専属シェフの職を引退しようと一度考えたことがある。

 だが「続けてもらいたい」と協会側の要望があったばかりでなく、逆に「まだまだ恩返しできていない」と考えをあらためた。

「今まで日本サッカー協会、代表チームにお世話になってきて、裏方のスタッフもみなさん一緒に戦ってきました。前回のブラジルワールドカップから、そのスタッフもほとんど変わっていません。みんなが次を目指そうとしているなか、僕だけ“いち抜けた”はできないなって、歩みをとめてはいけないと思いました」

選手の心をつかむ「ライブクッキング」。

 西がチームから、選手たちから信頼されているのは、一つひとつの料理から「愛」と「温もり」が伝わってくるからだ。

 安心安全を第一に考え、食材は同じであっても味や調理法にアレンジを加えてメニューを変える。そして決まって行なうのが、選手たちの目の前で調理する「ライブクッキング」。牛肉のステーキを焼き、パスタを調理するなどして目と耳で楽しませ、鼻を刺激する。餃子やラーメン、お好み焼きなどお楽しみのスペシャルメニューを用意しておくのも西のこだわりだ。餃子と言っても使用する油はわずか。見た目で楽しませながら、ヘルシーにしている。

 そして、ご飯も一番ホカホカの状態で提供するように心掛ける。炊飯器より鍋で炊くほうがおいしいと思ったら、わざわざ鍋で炊くようにしている。

 選手やスタッフにとって、リラックスできるのが食事の場。「みんなが喜んでくれる顔が見たい」が何よりのモチベーションになっている。

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