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<歩みをとめない者たち>
料理人・西芳照がサッカー日本代表と故郷に注ぎ続ける愛情。
posted2018/06/21 11:00
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph by
Takuya Sugiyama
2016年3月にオープンした福島・広野町の商業施設にあるフードコート「くっちぃーな」には、サッカー日本代表やクラブのユニフォームが所狭しと飾られている。
サッカー日本代表専属シェフの西芳照は日々、店のオーナーとして厨房で忙しく働いている。
「広野町もすっかり変わりました。夕方にもなると、この施設に高校生が立ち寄っていくんです。東日本大震災からしばらくは若い人がいなかったし、小さい子供たちの笑い声もなかった。ようやく住民の方が戻ってきて、コンビニとかお店も増えてきているんです」
西は感慨深く、そう話す。
あれから7年が過ぎた。
2011年3月11日、東日本大震災。西は総料理長を務めていた福島県楢葉町にあるサッカーのナショナルトレーニング施設、Jヴィレッジで被災した。
西は一時、避難生活を送っていたものの、居ても立ってもいられなくなった。「緊急時避難準備区域」にあり原発事故の対応拠点となった同地に戻ることを自ら決断。震災から半年後、作業員向けのレストランを開いて温かい食事を提供してきた。福島県出身の彼にとって、故郷の復興こそが何よりの願いだった。
Jヴィレッジ再開をずっと願ってきた。
その後Jヴィレッジのレストラン「アルパインローズ」の名を借りて、地元の食材で提供するレストランを新たに広野で開く(今年2月に閉店)。サッカーでも代表のアウェー遠征に同行する仕事は続け、JクラブのACL遠征でも依頼を受けるようになった。多忙な合間を縫って、福島のPR活動も精力的に行なってきた。
そしてJヴィレッジは今年7月、再オープンするところまでこぎつけた。西自身、アドバイザーとして関わることになるという。
選手、スタッフ、日本サッカー協会、そしてファン……サッカーファミリーから励ましを受けてきたからこそ、ここまで頑張ることができたという思いがある。
「サッカーに関わる多くの方に気にかけていただき、声を掛けてもらってきました。ファンやサポーターの方もわざわざレストランまで足を運んでくれたり、ユニフォームを持ってきてくれたり、感謝しかないですね。
Jヴィレッジの再開はずっと願ってきたことでした。こんなに早く、以前のような姿に戻るとは思ってもみなかった。ボールを蹴る音、子供たちが走る姿が、また浜通りに戻ってくる。待ちに待った瞬間が近づいているんだなって、噛みしめています」