マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
広島・野村祐輔が一度は失った自信。
エースの立場でこそ輝く不思議な男。
text by

安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byKyodo News
posted2017/01/10 07:00

2011年のドラフト1位が、ついにその才能を大きく花開かせた。今の野村祐輔は、文句なしにカープのエースである。
「自分、大学の頃より上がってますか?」
ピッチング練習が終わった後の昼休み。球場のトイレで、私は野村祐輔とばったり顔を合わせた。
「自分、大学の頃より上がってますか?」
洗っている手元を見たまま、彼が訊いてきた。
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野村祐輔が明治大学4年の春。私は彼の全力投球を、大学のブルペンで受けていた。驚いた。あんなに自信のかたまりだった彼が、自分を疑い始めている。
それほどのスピード、それほどの球威、それほどのコントロール、さらにそれほどの気迫。共にブルペンで並んで投げて、彼が初めて体感した“プロ野球”だったのかもしれない。
カルチャーショック。野村祐輔ほどの“確信のかたまり”でも、やはり痛切に感じてしまったのか。
「野村くんは、ブルペンで目立つピッチャーじゃないよ。これから、グラウンドで試合形式の練習が始まって、クイックとか、けん制とか、フィールディングも含めたピッチングになって初めて光るピッチャーだと思うよ」
なぐさめで言ったわけじゃない。それが野村祐輔という投手の“事実”だったから、そういう言い方をしただけだった。
菅野智之より自分の方が上だと言い切った学生時代。
彼の同期には、あの菅野智之がいた。
リーグは違ったが、共に“学生ナンバーワン投手”を自負して、日米大学野球選手権などでは同僚として腕を振るったものだった。
その菅野智之より自分のほうが上だと、彼ははっきりと言い切っていた。
「ピッチャーはスピードだけじゃないですから。自分はピッチャーとしての仕事が全部できます。だから、自分がナンバーワンです」
陽の光りを真正面から浴びながら、妙に力みかえることもなく、あのやさしそうな目のままで、サラッとひと息で言ってのけた。
骨のあるヤツが出てきたな……と、頼もしく思ったものだ。