マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
広島・野村祐輔が一度は失った自信。
エースの立場でこそ輝く不思議な男。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byKyodo News
posted2017/01/10 07:00
2011年のドラフト1位が、ついにその才能を大きく花開かせた。今の野村祐輔は、文句なしにカープのエースである。
2016年の野村は自信溢れる振る舞いを取り戻していた。
そして2016年の彼は、その頃の“野村祐輔”に戻っていた。
ここはオレだけの居場所だといわんばかりにマウンドを支配し、並みいるプロ野球の強打者たちを向こうにまわして、「オレが投げたくなるまで待っとけ!」とばかりに、7秒じらしたり、2秒で投げたり。もうダグアウトなんて、チラとも見ない。目の前の打者だけをジッと見つめながら、構えられたミットに納得の行くボールを投げ込むことだけに集中する。
なにが変わったんだ、前年のマウンドと?
150キロを立て続けに投げられるわけじゃない。捕手の目から見るとクラッとめまいがするようなチェンジアップに、カットボール。やや沈み系のシュートに、曲がってからが速いカーブ。球種も変わっていないし、相変わらずコントロールも安定している。
野村祐輔自身に大きな“変化”は感じない。
前田健太が去って、野村はエースになった。
ならば、何が彼をこれほどに変えたのか? 彼自身でなければ、彼をとり巻く環境なのか? 去年あって、今年はないもの……。
前田健太。
前季までカープのエースとして君臨していた彼が、今ではメジャーで奮戦していた。代わって、“エース”の期待を担ったのが野村祐輔だった。
もしかして、彼がマウンドから視線を走らせた先にいたのは、前田健太……?
エースの意識などチラリとも見せないようにして、しかしいったんマウンドに上がれば、いつもコンスタントにチームを優勢に導くピッチングをやってのけて、さりげなくマウンドを後続に譲る“本物”のエース。
一方で、全身から思い切りエースの意識を発散させながら、いざとなると、自分で自分のペースを崩してしまうようなつたなさが顔をのぞかせるエース見習い。
そんな、目に見えない綱引きが2人の間にあったとしたら……。