ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
井上尚弥、またも「故障でKO防衛」。
最高のポテンシャルと低い安定感。
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byAFLO
posted2016/09/05 11:15
世界的にも「モンスター」と呼ばれ評価が高い井上尚弥。しかし調子の乱高下を克服しなければ、大一番は分の悪い博打になってしまう。
実は、井上のパフォーマンスは安定していない。
5回以降も井上は鋭いジャブや右ストレート、ボディブローで挑戦者にダメージを与え続けたが、金星奪取に燃えるペッチバンボーンの前進をしっかり止められず、受けに回ってパンチを被弾するシーンもあった。パンチの交換が増え、その分試合は予想とは違う形でエキサイティングになったが、チャンピオンが試合前に何度か口にしていた「圧倒的に勝つ」というシナリオは完全に崩壊していた。
迎えた10回、最後の力を振り絞るペッチバンボーンの攻撃に下がらされた井上は、それがひと段落すると反撃に転じ、左右のパンチを挑戦者に浴びせた。右が2発決まると、粘っていたペッチバンボーンはついにダウン。判定決着と思われた試合は「最後は意地だった」という井上の連打によりノックアウトで幕を閉じた。
腰痛の原因として、大橋会長は「練習のしすぎ」とオーバーワークを要因に挙げた。加えて減量の厳しさが腰に与えた影響も否定できないだろう。
これまで井上はケガや不調により、明らかにパフォーマンスの落ちた試合が少なくとも11試合中4試合はある。今回の姿はWBC世界ライトフライ級王者としての初防衛戦となった2014年のサマートレック・ゴーキャットジムとの一戦を思い起こさせた。
試合を圧倒的優勢に進めながら、パンチに力が入らず、なかなか相手が失速してくれない、というパターンだ。このときは減量苦が大きな原因だった。それからクラスを2つ上げているが、またしても減量が苦しくなっているのだろう。
「こんなんじゃビッグマッチなんて」
コンディショニングに加え、中盤から集中力が切れて「いらないパンチ」をもらってしまうシーンも何度かあった。前回5月の試合でも同じ失敗をしており、井上は今回のテーマにディフェンスを掲げていたが、4カ月で修正できなかった。これに不満だったのか、父の井上真吾トレーナーは試合後リングに上がって息子を迎えようとはせず、記者会見にも姿を現さなかった……。
最悪とも言える状態で世界ランク1位を圧倒し、最後はKOしてみせたのだから井上の底力はやはり並ではない。ただし、本来のパフォーマンスをある程度安定して発揮できなければ、この先はかなり苦しい思いをするだろう。「こんなんじゃビッグマッチなんて言ってられない」。だれよりも悔しがっていたのは、そう口にした井上だった。