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井上尚弥、またも「故障でKO防衛」。
最高のポテンシャルと低い安定感。
posted2016/09/05 11:15
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph by
AFLO
WBO世界スーパーフライ級王者の井上尚弥(大橋)が4日、神奈川県座間市のスカイアリーナ座間で行われた3度目の防衛戦で、ランキング1位のペッチバンボーン・ゴーキャットジム(タイ)に10回3分3秒KO勝ちを収めた。試合後、報道陣の取材に答え終えた井上は「毎回勝ってなんでこんなにへこんでるんだろうと思いますけど……」とポツリ。KO防衛の裏で何が起きていたのか─―。
試合は、井上の圧倒的有利が予想されていた。何しろ挑戦者のペッチバンボーンは16連勝中とはいえ、日本のリングに5度上がって1勝4敗。最も新しいところでは、2013年に日本王者になる前の石田匠(井岡)に2回KO負けを喫している。石田は優れたテクニックを持つボクサーだが、決してハードパンチャーというわけではない。いくら昔とは違うとはいえ、アゴの強さは鍛えようがないのだから、多くの関係者が「ペッチバンボーンが井上と対戦したらひとたまりもないのでは」と予想した。「あまり早く試合が終わったら視聴率が取れないのではないか」と試合を中継するフジテレビを心配していたほどだ。
ところが、そんなムードに態度を合わせていたかに見えた大橋ジムの大橋秀行会長は実のところ、試合前から気が気でなかったという。試合後、井上に代わって次のように打ち明けた。
「本人は言いたがらないけど、腰を痛めてスパーリングもできない状態だった。何度もLINEで『大丈夫か』って送ってね。試合前のミット打ちを見ても、いつものパンチじゃ全然ないし、試合が始まっても、これは判定までいくなと思いましたね」
井上本人によれば、腰は試合の2週間ほど前に痛めたとのこと。「ひねれない状態」のため、力の入った強いパンチがまったく打てなかったのだ。
腰痛に加え、試合中に右拳もいためてしまう。
1、2回と井上は決して悪いようには見えなかった。鋭いジャブにボディブロー、挑戦者のパンチを軽々とよけ、あえて力をセーブしながらパンチを的確に打ち込んでいく。それは試合というよりも、まるで己のテクニックを客席に誇示するショーのようにも映った。ノックアウトは井上が「行く」と決めさえすれば、その瞬間に訪れると感じられた。
しかし、腰痛を抱えた井上に余裕などはなかった。3、4回と試合は進み、こちらが少し焦れ始めたあたりでスパートするのかと思いきや、逆にロープを背負わされてペッチバンボーンのパンチを浴びるシーンが増えてしまう。実はこのとき、腰痛に加え右拳もいためていたのだという。