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レース中に12時間におよぶAT交換。
結果以上に、トヨタが手にした成果。 

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大串信

大串信Makoto Ogushi

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posted2016/07/25 13:00

レース中に12時間におよぶAT交換。結果以上に、トヨタが手にした成果。<Number Web> photograph by TOYOTA

LEXUS RCのトランスミッション交換は、真夜中から翌日の昼まで12時間ぶっ通しという想像を絶する過酷な作業となった。

二度目のトラブルで、12時間はかかる作業を指示。

 ATのレース仕様化には社内外の技術者たちも協力を惜しまず、本番のニュルブルクリンク24時間レースのために熟成が重ねられた。だが、やはり本番でもVLN2同様の、トラクションがかからないというトラブルがスタートして1時間も経たない段階で発生してしまった。

 高木たちメカニックはピットへ回収されてきたクルマに飛びつき、トラブルの原因を突き止めようとするが、回収中の移動で性能は復帰し、雨・雹による中断の3時間近くをチェックに費やすも、データ上も外観も異常がなく、原因の特定に至らなかった。自然にトラブルが復旧したため、高木は不安を抱えながらもクルマをコースへ送り戻した。

 しかし夜も更けた24時近く、LEXUS RCに再びトラクションが抜けるというトラブルが発生し、クルマはピットへ舞い戻ってきた。今回はもう自然に復活することはなかった。高木は目視できない内部で何かが起きていると判断、トランスミッション交換を決断した。レースはまだ半分以上残っている。復帰して走らせ続けるための原因追及とトランスミッション交換にはおよそ12時間かかるだろう。だが順位は問題じゃない。レースに復帰して、チェッカーフラッグを迎えることが重要なのだ。

ただ単に交換して走れれば良い、というわけではない。

 担当するメカニックたちは、社内のさまざまな部署から選ばれた凄腕技能養成部の若手社員。前もってさまざまなトラブルに対応するトレーニングを積んでいたので、トランスミッション交換自体は想定内だが、今起きているトラブルは原因が不明だ。

「ただ単に交換して走れるようにすればいいだけではない。原因を解明して、今後に活かすためデータを全部チェックして残さなければなりません。しかも作業者の安全にも気を配る必要があります。だからその分、時間をかけました」(高木)

 エンジンを実際に下ろし始めたのは夜中の2時。クルマが走行可能になったのは昼の12時のことだった。1分1秒を争うレースの現場で、クルマを止めて作業をするメカニックは、精神的にも肉体的にも過酷な状況に置かれる。迅速に手際よく、しかもミスなく完遂しなければならないからだ。高木はそれを管理しながら、焦る心をおさえて将来のためのデータを残しながら、作業を進めていった。そこでは観客席からは見えない闘いが繰り広げられていたのだ。

【次ページ】 レース結果には記されないが、大きな成果を得た。

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