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世界王者が60年で10人から85人に!?
ボクシング界のビジネスと綺麗事。
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byAFLO
posted2016/05/23 07:00
スーパー王者と正規王者の対戦が進めば、井岡一翔にもエストラーダと戦うチャンスが訪れる可能性が高まる。
選手も、王者になるチャンスは多い方がいい。
タイトルが多いことは、選手にとっても好都合だ。選手はみんなチャンピオンを目指しているから、タイトルマッチのチャンスは多ければ多いほうがいい。
「チャンピオンが何人もいていいと思うか」とボクサーに尋ねたら、彼らの多くが「それはおかしい」と答えるであろう。しかし、実際に目の前にチャンスが到来すれば「喜んで!」と思うはずだ。チャンピオンの肩書きがあれば、引退後の人生にもプラスに働くだろう。こうした背景を考えると、チャンピオンが増えるのはいわば必然とも言えるのだ。
一方で、こういった王者乱発の状況にうんざりし、ボクシングに愛想をつかしてしまったファンも少なくない。
数が増えれば質が落ちるのは世の常だ。その結果、ここ10年くらいを見ていても、自らチケットを購入し、試合会場に足を運ぶファンはずいぶんと減った。こうも世界戦が多くては、ボクシングを生業としている我々でさえも、ときどき何が何だかわからなくなるくらいだ。いまやボクシングファンと名乗る人ですら、日本人世界王者の名前をすらすら言えるかはなはだ疑問である(5月20日現在の日本人男子世界王者は6人。全員の名前が言えますか?)。
WBAはようやく「チャンピオンを減らす」と公言。
こうした状況に、心あるファンやメディアは「いくらなんでもひどすぎやしないか?」とWBAを非難し続けてきた。そしてようやく今年に入り、WBAのメンドサ会長は「チャンピオンを減らす」と公言し、スーパー王者と正規王者に対戦を次々と指令、チャンピオン削減に着手した。実際のところ、これがどれほどうまくいくかはわからないが、少なくともアクションを起こした姿勢は評価したいと思っている。
いずれにせよ、プロとして、ファンが戸惑うような紛らわしい事態は避けたほうがいいに決まっている。参考までに言うと、日本チャンピオンは各階級1人であり、チャンピオンがけがをするなど正当な理由がなければ暫定王座も設けられない。日本タイトルマッチのほうが自然な気持ちで観戦できることが多いのは、このことと無関係ではないと思う。
ビジネスという強敵を前にして、秩序やモラルという“きれいごと”はえてして無力になりがちだ。ただし“きれいごと”をあまりに無視し続けると、ビジネスにも大きく跳ね返ってくるのではないだろうか。