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2020年、東京五輪は日本のランを変えるか?
posted2015/10/22 10:00
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph by
Sports Graphic Number
5年後に迫った東京五輪。ランナーはどう五輪を迎えるべきか、ランとランナーを取り巻く環境は五輪後どう変わるのか――。'64年の東京、北京、ロンドンのラン事情とともに考えてみた。
好評発売中のNumber Do「ランの未来学。」より、記事を公開します。
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オリンピックはひとつのムーブメント。祭りが終わってからも、その遺産――レガシー――は後世に残る。
1964年の東京オリンピックが遺したものには有形、無形のものがあり、たとえば駒沢オリンピック公園には本格的なランニングのコースが整備され、駒澤大学など有力大学が強化の現場として実際に使用している。
また、ライフスタイルに影響を与えることもあって、今や誰でも知っている「皇居ラン」が始まったのは、東京オリンピックがきっかけだったのはご存知だろうか?
当時の週刊誌によると、オリンピックに触発された銀座の高級クラブのホステスたちが、深夜に皇居一周のマラソン大会を開催したのである(アベベに「萌え~」だったのか? それとも、円谷?)。その時の優勝記録が23分30秒というから、これはかなりの健脚だ。
そして、この週刊誌を読んだ国会図書館の職員が「これなら、俺にも出来そうだ」と思って走り出し、図書館内でちょっとしたブームになった――というのが、どうやら皇居ランが一般化した始まりらしいのだ。50年以上が経過したいま、皇居でランナーを見かけない日は一日たりともないのだから、これこそ「レガシー」と呼ぶにふさわしいと思う。