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鹿島FW育成システム、最後の結晶。
浦和のエース興梠慎三に流れる系譜。 

text by

寺野典子

寺野典子Noriko Terano

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photograph byJ.LEAGUE PHOTOS

posted2015/05/27 10:30

鹿島FW育成システム、最後の結晶。浦和のエース興梠慎三に流れる系譜。<Number Web> photograph by J.LEAGUE PHOTOS

小笠原満男とならんで真っ赤に染まった埼玉スタジアムに入場する興梠慎三。いまやレッズのエースとなった男を、鹿島のファンも温かく拍手で迎えた。

スタイルを確立するうえで重要な「見極め」。

 自身のスタイルを確立するうえで重要なのは、『できること』と『できないこと』の見極めだろう。誰かを真似るだけでは『それはできない』で終わってしまうケースも多い。そこで、自分ならどうするか? と再調整し、アレンジすること。その応用力が成長には不可欠なのだ。

 そして、自分を知るための鏡となる選手が鹿島にはたくさんいた。ポジションは違っても、代表クラスの選手たちから学べることは多い。厳しい競争があるからこそ、仲間との絆も太くなった。

 2007年から2009年の3連覇達成に主力として貢献した興梠だったが、鹿島は2012年にジョルジーニョ体制となり、1トップを採用する試合が増えた。興梠はアウトサイドのMFとしての起用が続くようになった。浦和からの熱烈なオファーだけでなく、このことが移籍の理由だったとも言われている。

浦和への愛情が、古巣への感情も大きくする。

 浦和に移籍した2013年シーズン、そして翌2014年シーズンと、鹿島戦ではゴールを決めている。しかし、興梠自身はまだ鹿島戦で“仕事ができた”という気持ちにはなれないという。

「今日(5月23日)も、個人的には何もできていないから。すっきりはしないですよ。でも去年とか一昨年に比べたら、あんまり緊張しなかった。以前は試合に入る2日前、3日前くらいから興奮していたけれど、今回はそういうこともなく冷静に入れた。やっぱり、鹿島戦でいいところを見せたいというのはあったけれど、それを見せられなかったからカシマスタジアムではがんばりたい」

 浦和レッズというクラブへの愛情やそこで果たすべき任務を感じれば感じるほど、古巣への感情もまた大きくなるのかもしれない。自身の進化を見せることで、育ててもらった人たちへの感謝を伝えたい、と。

「試合のあと、移籍してから初めて鹿島のサポーターのところへ挨拶に行ったんです。ブーイングされるんじゃないかという気持ちもあったけれど、手を振ってくれる人もいて、それが何よりも嬉しかった。

 僕がそういうことをするとレッズサポーターが嫌がるかなぁと思って、これまではなかなか挨拶に行きづらかったんです。今までは遠くから一礼するくらいでした。でもやっぱり、ちゃんと鹿島のサポーターに挨拶がしたかった。今まで応援してくれた人たちだから」

【次ページ】 「今までは代表への欲が全く無かった」

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