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鹿島FW育成システム、最後の結晶。
浦和のエース興梠慎三に流れる系譜。
text by
寺野典子Noriko Terano
photograph byJ.LEAGUE PHOTOS
posted2015/05/27 10:30
小笠原満男とならんで真っ赤に染まった埼玉スタジアムに入場する興梠慎三。いまやレッズのエースとなった男を、鹿島のファンも温かく拍手で迎えた。
「今までは代表への欲が全く無かった」
移籍したことで、興梠は自身の能力を改めて知ることになったに違いない。
新しい環境で求められることをこなしながら、鹿島で自分が多様なスキルを身に着けていたことに気づき、それを活かせる自分に気がついた。ペナルティエリア内での勝負、鹿島時代からこだわっていたものだが、浦和での1トップというポジションで、さらに磨きをかけていく。
3月には、4年ぶりに日本代表に招集された。この時は残念ながら練習中に負傷し離脱してしまったが、短期間の代表合流は興梠の意識を変えていた。
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「今までは代表への欲が全くなかった。でも今は『あんまりない』くらいになりました。この間合宿へ行って、岡崎(慎司)や(本田)圭佑と話したんです。あいつらはみんな同期だから。岡崎は代表初招集も同じだったし。岡崎が『お前は(代表へ)来ると思っていた。代表の1トップはお前だけだ』みたいなことを言うから、『うるせぇ』って返した。
日本代表のエースストライカーは岡崎でしょ。昔は、俺が本気を出せばあいつのポジションなんてすぐに奪える……って思っていたけどね。オカは努力家だけど、俺はまったくそういうタイプじゃないから」
そう言って、興梠は笑った。
チームメイトの成長に、自分を重ねて。
U-20代表でも、北京五輪代表でも、候補にはなったが最終メンバーには残れなかった。当時から共に戦ったチームメイトの成長した姿に、興梠は自身の姿を重ね「今度こそは」と思うようになったのかもしれない。
長年過ごしたクラブを出て、新天地で積み重ねた時間が自信になる。
29歳と遅咲きの男が日の丸をつけて活躍することになれば、これ以上の恩返しはないはずだ。