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司馬遼太郎も夢中になった日本の馬の落ち穂拾い。
~「碧い目の見た日本の馬」を読む~ 

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馬立勝

馬立勝Masaru Madate

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posted2015/05/01 10:00

司馬遼太郎も夢中になった日本の馬の落ち穂拾い。~「碧い目の見た日本の馬」を読む~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

『碧い目の見た日本の馬』坂内誠一著 聚海書林 2600円+税(現在絶版)

 クロサワ映画では、武者たちは馬の右側から乗り降りする。時代考証として正しい。だが、戦国期の日本に住んだフロイスから幕末、明治に至る日本を訪れた外国人たちの記述は、一様に「馬には左側から乗るものなのに、日本人は右側から乗る」と不思議がった。昔の日本の騎乗者は武士だ。右乗りは左手に弓を持っていたから、とか、左腰に刀を差していたからと言うが説得力は弱い。著者は広く文献を探ってシベリアのツングース族が右乗りをしていたことを突き止める。この風習が日本に渡来したのではなかろうか……歴史ロマンあふれる仮説を説く著者のペンは実に楽しげだ。

 碧い目の人々が残した近世の見聞記や旅行記の日本馬の話を落ち穂拾いし、同時代の外国馬事情と比較する。異国での日本人の馬体験もある。馬が主役の比較文化論だ。その豊かさを本書序文で司馬遼太郎は、「馬についての研究書はすくなくないが、日本馬について克明に書かれた本は、本書以外にすくなくとも私は知らない」と書いている。

日本馬との関わりが浮世絵などで語り尽くされる。

 小さな日本の馬は気が荒く、外国人には「手に負えない暴れ馬」だった。西洋のように去勢の習慣がなかったし、長い江戸の平和に軍馬は不要、調教はおざなりで乱暴に扱われたためだ。蹄鉄は存在せず馬たちはわらじばきだ。そんな馬の性格から、馬具、厩、日本での洋式競馬の変遷、曲馬、幕末から明治中期までの短い馬車の歴史まで。日本馬と馬に関わった人々の姿が浮世絵を始め多くの図版入りで語り尽くされる。

 著者は日本通運を定年退職後に本書を著した。かつて通運を担った馬、軍隊では軍馬と苦楽を共にし、近所に日本馬術の父・遊佐幸平少将が住んでいたことなどから、馬に関心を持った。その思いは退職後も続き、知的好奇心と結ばれて生れた一冊。西洋女性の横乗りが日本に伝わったのは幕末、明治。となるとクロサワの傑作『羅生門』の京マチ子の横乗りは、平安末期が舞台だから虚構だ。画面効果を重視の監督のセンスか、などと納得したが、この種の雑学知識をずいぶん増やしてくれた。うらやましくなる老後の著作だ。

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