プロ野球亭日乗BACK NUMBER
巨人連覇の中心に阿部慎之助あり。
松井秀喜が見た成長、そしてオーラ。
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph byHideki Sugiyama
posted2013/09/23 11:30
優勝を決め、東京ドームにつめかけたファンに挨拶する巨人の選手たち。その先頭には、原辰徳監督と阿部慎之助の姿があった。
松井秀喜が感じた、かつてなかった“オーラ”。
「久々にチームを見て、慎之助の成長に一番驚きました」
こう語ったのは長嶋茂雄終身名誉監督とともに国民栄誉賞を受賞し、5月にその授与式と自らの引退セレモニーのために来日した松井秀喜さんだった。
巨人在籍時代の最後の2年間、松井さんは阿部と一緒にプレーをした。入団当初には同じ洋服屋で背広を作ってプレゼントしたり、遠征先で一緒に食事にいったりと目をかけていた数少ない選手の一人だった。
「ただ、あの頃の慎之助にはあんまりオーラを感じなかったんですよ」
松井さんは言う。
「バッターとしては確かにうまいバッターだなっていう感じはあった。でも、将来の巨人を背負って立つようなオーラみたいなものを慎之助にはあまり感じなかった。そういう意味ではヨシノブ(高橋由伸)や二岡(智宏・現日本ハム)の方が、そういうオーラを感じるバッターだったんですよ」
それから10年余の月日が経ち、久しぶりに再会した阿部は、だが、当時の記憶とはまったく違った選手に成長していた。
「バッターとしても凄みを増していたし、本当にいいリーダーになっていたのでビックリしました。会った瞬間に、前にはなかったオーラみたいなものを感じましたから。自分のことだけではなく、しっかりとチームのことを考えて話をしていたし、他の選手と話しても慎之助への厚い信頼感を感じました。この10年間で彼が努力して、もの凄い成長をしたんだなと感心しました」
阿部のバントでチームに浸透した自己犠牲の精神。
実は巨人が大きく変わった瞬間というのがある。
それは昨年6月5日のソフトバンク戦、4回無死一、二塁で阿部が送りバントを決めた瞬間だった。
翌日、原監督のこの采配には「阿部に送りバントなんて」と批判が集中した。ただ、チーム内のムードは全く違うものだった。
この直前に、当時の飛ばない統一球への対応として原監督が徹底したスモールベースボールを掲げ、「どんな選手にも送りバントをさせるし、そのつもりでグラウンドに立って欲しい」という話をしていたのだ。
「百の言葉より、慎之助があそこで一発でバントを決めたことが大きかった。あれでチーム全員が阿部さんでもああいう風にするんだから、と自己犠牲の精神が徹底された。チームが変わる一つのきっかけになった」
原監督は述懐する。
それがこのチームを大きく成長させるきっかけになったと指揮官はみているし、そこでカギを握ったのが、阿部の存在感だったのだ。