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代表のゴールを明け渡す楢崎正剛。
対照的な川口の決断と、川島の課題。 

text by

二宮寿朗

二宮寿朗Toshio Ninomiya

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photograph byTakuya Sugiyama

posted2010/09/22 10:30

代表のゴールを明け渡す楢崎正剛。対照的な川口の決断と、川島の課題。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

 日本代表を長らく支えてきた楢崎正剛がグアテマラ戦の後、代表引退を表明した。

「W杯に4回行って、20代から代表に呼ばれていろんな経験をさせてもらって本当に感謝しています。いい思い出もあれば、悔しい思いもあったし、それも全部(自分の)身になった。僕が経験したようなことを、今度はいろんな選手が体験すべきだという気持ちになりました」

 1996年12月のアジアカップで初めてA代表に招集されてから約14年かけ、楢崎はGKとして歴代2位の77キャップを築いた。

 14年、77キャップ――。希代のGKが残した数字としては、意外にキャップ数が少ないことに気がつく。楢崎の存在感からすれば、100試合を超えていても何ら不思議ではないのだが、もう一人同時期に存在する希代のGK、川口能活とのライバル関係が続いたためにベンチを温めることも少なくなかった。彼がベンチから試合を見守った試合をざっと数えてみると、9月4日のパラグアイ戦を含めて98試合もあった。出場した77試合を、はるかに上回っている。

 控えに回った選手たちは、先発できない悔しさを秘めながらベンチに座る。そして楢崎は100試合近くも、その悔しさに耐えてきたことになる。

川口と楢崎。対照的なふたりだからこそライバルになれた。

 楢崎には先の南アフリカW杯では直前に正GKから外れるという試練があった。しかし彼はフォア・ザ・チームに徹し、ベンチで盛り上げ役になった。サブに回る苦しみを知っているからこそ、楢崎は控えの選手たちにも目を配っていた。そして同じように、控えの立場からチームを支えたのが楢崎のライバルである川口だった。

 南アフリカで川口を取材したとき、「(楢崎は)相当、辛いはずだと思いますよ」とライバルの心痛を思いやっていた。4大会連続でメンバー入りした彼らがW杯の経験を踏まえてチームづくりに積極的に参加したことが、快進撃を生んだ一因であるのは事実だ。

 34歳の楢崎と、35歳の川口。長く続いたライバル関係が、切磋琢磨するお互いのレベルアップにつながってきた。だからこそ、他の追随を許してこなかった。

 GKとしてはサイズの小さい川口は積極的に飛び出していく「動」のタイプ、派手さはないものの安定感で勝負する楢崎は「静」のタイプと、好対照の存在としてずっと周囲から見られてきた。2つの才能は甲乙つけがたく、時の監督が好むタイプとして使われてきた。ケガを機に、先発と控えの座が入れ替わることもあった。

 ジーコジャパンのころまでは2人が練習中、言葉を交わすシーンをあまり目にしたこともない。傍目にも強いライバル意識を感じないではいられなかった。

【次ページ】 ポジションへの危機感が“記憶に残る試合”を生んだ。

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