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“穴男”の武幸四郎、オークスを制す。
「頼りない弟」が表彰式で流した涙。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byKyodo News
posted2013/05/22 10:30
武幸四郎と松本オーナーの関係は長い。子供のころはオーナーからお年玉をもらい、デビュー戦も松本オーナーの馬に騎乗。勝利の後、松本オーナーは「最近は乗り馬が少なくて心配していた。良かった。本当にうまく乗ってくれた」と語った。
フリー騎手がしのぎを削るJRAで幸四郎は沈んでいた。
だが、今年もオークスの前の週まででまだ7勝と騎手成績の50位台をうろうろしていて、上昇の気配は見えていなかった。メイショウマンボにしても、こぶし賞は勝ったが、本来ならば騎乗する予定だったフィリーズレビューはその前に受けた騎乗停止処分で乗ることができず、重賞勝ちは後輩の川田将雅の手によるものだった。
JRAは去年、20人を超える騎手が引退した。
かつては一度なったら食いっぱぐれがないなどといわれたJRAの騎手だが、最近はだいぶ風向きが変わってきている。
岩田康誠、内田博幸など地方競馬のトップ騎手がつぎつぎに移籍してきて好成績をあげる。ミルコ・デムーロに代表される外国人騎手も3カ月の短期免許で日本にやってきてどんどん騎乗の機会を得ている。かつて騎手は厩舎に所属して、ある程度騎乗馬を与えてもらい、生活面も保障してもらえたが、最近は厩舎に属しないフリーが一般的で、待遇面の保障も減った。有力馬主が有力馬に有力騎手を乗せて、たくさん勝ち鞍を積み重ねる一方で、中堅騎手は勝つどころかレースに参加する機会も失われ、ついには転身せざるを得ない。一度沈んだら、再び浮上するのは簡単ではない。
手を差し伸べたオーナーの人情にのんきな男も涙した。
幸四郎も首の辺りまで沈みかけていた。その幸四郎に命綱を投げ与えたのはメイショウの松本好雄オーナーだ。日本でも有数のオーナーのひとりだが、一方で、人情家でも知られる。2006年のクラシックでは、メイショウサムソンに大レースでの実績に乏しい石橋守を乗せつづけた。有力騎手への交代を勧める周囲の声にも耳を貸さず、その期待に応えた石橋はメイショウサムソンを二冠に導いた。
メイショウマンボもフィリーズレビューを勝ったあと、そのまま幸四郎以外の騎手を乗せればというアドバイスは当然あったろうが、再び幸四郎を騎乗させ、桜花賞は逃したが、オークスは手に入れた。レースのあとオーナーと握手した幸四郎は目を潤ませ、「(泣くなんて)自分のキャラじゃないのに」などと漏らしていた。のんきな男も温情につい感極まったのだろう。クラシックの大舞台で昔気質のオーナーと沈みかけた騎手のコンビが勝つというのは、この成果主義が幅を利かせる時代になかなか痛快で、馬券はやられても気分のいいレースだった。