スポーツ・インサイドアウトBACK NUMBER
日本の敗退とモリーナの頭脳。
~侍ジャパンを手玉にとった名捕手~
text by
芝山幹郎Mikio Shibayama
photograph byMLB Photos via Getty Images
posted2013/03/24 08:03
プエルトリコ投手陣を巧みにリードしたヤディア・モリーナ。昨季も打率.315、22本塁打と、勝負強いバッティングにも定評がある。
メジャー最高の捕手を前にした侍ジャパン打線は沈黙。
リリーフに立った投手たちも、けっして有名とはいえない。2番手のホゼ・デラトーレ(27歳)はマイナーリーガー(レッドソックス傘下の3Aポータケット)だし、3番手のザビア・セデーニョは大リーガーとはいっても、'12年のアストロズで31イニングスを投げたにすぎない。あとはランディ・フォンタネス(シングルA)、J・C・ロメロ(この人は古株だが、36歳で'13年の所属球団が決まっていない)、フェルナンド・カブレラ(メジャーで175回を投げて防御率が5点台)といった面々だ。
国内組で固めた日本代表も、この程度の投手なら打てるだろう。私はそう思っていた。が、結果は6安打、1点。惜しい場面はいくつかあったが、チャンスの芽はことごとくモリーナに摘まれたといっても過言ではない。
実力に劣る投手でも、頭脳的なリードで三振を奪う。
モリーナは抜群のリードを見せた。打者の立ち位置に眼を走らせ、どの球種にどう反応するかを瞬時に読み取り、投手の能力に合わせて攻め方を決定する。
その判断が素晴らしく速い。
たとえば、5回裏の日本のチャンス。坂本のヒットと中田の四球で作った1死1、2塁の好機を迎えながら、稲葉と松田が連続三振に倒れた場面を思い出してみよう。
この場面では、先発サンチアゴが肘の痛みを訴えて、デラトーレに代わっている。打者の逸る気持を読み切ったのだろうか、モリーナはこの2番手投手に、徹底して低目の変化球を要求した。
稲葉も松田も、完全に術中にはまった。首をかしげたくなるようなボール球に手を出し、スウィングはことごとく空を切った。その間、ストライクはほとんどゼロ。球速が145キロを超える球も皆無だった。
8回の重盗失敗の原因もモリーナの強肩が根本にある。
モリーナは、ほかにも魅せた。小技の巧い井端を打席に迎えたときは、間合を作らせる暇を与えず、完全にタイミングを狂わせていた。球審の癖はいち早く読み取っていたし、味方投手の制球が悪いときは身体を張ってボールを止め、徹底して捕逸を避けた。日本国内で論議の的となったあの走塁ミスも、もとを糺せば、モリーナの強肩を恐れるあまりの出来事だったとはいえないだろうか。
極端にいうなら、日本代表は、首脳陣や現場の選手たちが束になっても、モリーナひとりに敵わなかった。これでは敗戦もやむを得ない。いや、モリーナの頭脳戦を楽しむだけでも、あの試合は一見の価値があったと思う。ベニート・サンチアゴ、イバン・ロドリゲス、ハビー・ロペス、ホルヘ・ポサーダ。プエルトリコ出身の好捕手は少なくないが、ヤディ・モリーナの頭脳は群を抜いている。メジャーでも代表チームでも、彼はいずれ監督を務めることになるだろう。その日が、いまから楽しみだ。