欧州サムライ戦記BACK NUMBER
“香川の本音”と“ゼロトップ”の真相。
日本代表欧州遠征、密着レポート。
text by
ミムラユウスケYusuke Mimura
photograph byTakuya Sugiyama
posted2012/10/20 08:02
ブラジル戦、ハーフタイムにザッケローニ監督から出た指示について「もっと前に出て行けと監督に言われた。怖がらず、こういう相手と(試合が)できるのは素晴らしい経験なんだ、と言われましたね」と試合後にコメントした香川。
ブラジルのプレーには香川が大好きな“遊び心”がある。
その理由を語ったときの、活き活きとした表情、言葉を紡ぎだすテンポ……。
「韓国戦は、スペースがあって、中盤で好き放題やれていたんだよね。相手のプレッシャーが厳しければ、パスをたくさん回すのにもリスクが生まれるんだけど、あの試合ではそんなにリスクを感じなかったからこそ、もっと回せるんじゃないかと言ったんスよ!」
大好きなサッカーを語るとき、香川はサッカー少年に戻る。
香川は、ブラジル人のプレーには自分の好きな“遊び心”があると考えているようだ。苦悩を吐露してから3日しかたっていない時期に喜びをにじませたのは、そのせいだったのかもしれない。世界最高峰のクラブで一瞬たりとも息を抜けない戦いを強いられる日々。日本代表だと一息つけるかと言えば、無論、そうであるはずもない。今度はユナイテッドでプレーするスター選手として、10番を背負う中心選手として、別のプレッシャーがのしかかってくるのだ。ただ、そうした苦労と苦悩を吹き飛ばすほどの楽しみを、この試合前に感じていたのだ。
しかし、責任感の強い香川のことだ、ブラジルとの試合に敗れてしまえば、喜びをあらわにすることもないだろう。そうも予想された。
ブラジル人のどの選手のプレースタイルに惹かれるのかと問うと、ちょっと意外な答えが返って来た。
「(ブラジル代表は)誰がすごいというよりは、チームとしての感覚というか、統一が出来ている。誰かがここに入ったときに、他の誰かが別のスペースに流れたり。そういうのを全員が分かり合っているから。ポジションをチェンジしまくって、流動的にやるから、つかみどころがない。そういうところはすごく勉強になる、ああいうスタイルは好きですけどね」
衝撃的な答えだった。
香川が生まれるはるか前、1982年のW杯を戦ったブラジル代表がまさに、香川の理想とするスタイルを持ったチームだったからだ。
「黄金の中盤」が奏でていた「バグンサ・オルガニザータ」とは?
当時のチームは、同国の代表史上もっとも美しいサッカーを見せたことで知られる。ジーコ、セレーゾ、ファルカン、ソクラテスによる「黄金の中盤」はすっかり有名だが、彼らが見せたサッカーに対する「バグンサ・オルガニザータ」という表現はあまり知られていないかもしれない。
10月16日、ブラジル戦の当日、試合が始まる1時間ほど前のこと。日本人記者から「バグンサ・オルガニザータ」について問われたブラジル人記者のフェルナンドは流暢な英語を使い、説明した。
「英語に直すなら“organized confusion”になるね」
日本語に訳せば、「組織化された混乱」となるだろうか。それぞれの選手がアドリブでポジションをめまぐるしく変えているように見えているのにもかかわらず、しっかりとハーモニーを奏でているサッカーのことを指す。フェルナンド記者は、「ただし」と切り出し、残念そうに続けた。
「『バグンサ・オルガニザータ』は、'82年のブラジル代表のもの。今の代表にはあまり、そういう要素がないんだよね……」
ほどなくして、現地時間の14時4分、ブラジルとの試合は幕を開けた。
日本の布陣はいつもと変わらない{4-2-3-1}だったが、本田がFWの位置に入ったために、2列目から前には香川、中村憲剛、清武弘嗣を含めてトップ下を務められる選手が4人も共存することになった。