F1ピットストップBACK NUMBER
バトンの勝利を影で支えた日本人、
今井弘が予選中に行った助言の効能。
text by
尾張正博Masahiro Owari
photograph byMamoru Atsuta
posted2012/09/07 10:30
マクラーレンのプリンシパル・エンジニアの今井弘。タイヤによって大きくレース結果が左右される近年のF1界において、マクラーレン優勝の陰には必ずこの人の活躍があった。
これまでとは異なるタイヤを投入したピレリの思惑。
今回のベルギーGPで、今井がタイヤの内圧設定に苦心したのは、初日の雨だけが事由ではなかった。じつはピレリがベルギーGPに持ち込んだタイヤが、今年これまで11戦に投入してきたものと異なるものだったからである。スペック自体はこれまでスペインGPなど3つのグランプリに投入されたハードと、ハンガリーGPなど7戦で使用されたミディアムという組み合わせ。ただし、タイヤの形状が変わっていた。
昨年、ピレリはこのベルギーGPでブリスターに悩まされた。ブリスターとは、オーバーヒートしたタイヤの内部に気泡が発生し、時速200km以上の高速の遠心力によって気泡の外側のゴムが飛び散る現象を指す。そのため、ピレリは今年、ブリスターが発生しにくいようなコンパウンドにするとともに、高速型サーキットのベルギーGPとイタリアGPでは、さらに表面のゴムを薄くして、ブリスターが起きにくい対策を施してきたのである。
その違いは、タイヤの中央部分で0.5mm、両サイドは0.2mmである。タイヤの形状はよりスクエアとなり、内圧の設定も見直さなければならなくなった。
今井が設定した内圧に「アンダーステアがひどい!!」。
予選までの2時間。今井はランチタイムそっちのけで、走り終えたタイヤと走行中のデータと向き合った。そして、ひとつの結論を導き出した。
午後2時、ベルギーGP公式予選開始。Q1で今井が設定した内圧のタイヤを装着してタイムアタックを始めたバトンが、無線で叫んだ。
「アンダーステアがひどい!!」
しかし、それはバトンの勘違いだった。バトンは予選前に履いたときと異なる内圧に戸惑っていただけで、実際はテレメトリーのデータを見る限り、ほぼ完璧なアタックを行っていた。それは結果にも出ていた。