F1ピットストップBACK NUMBER
バトンの勝利を影で支えた日本人、
今井弘が予選中に行った助言の効能。
text by
尾張正博Masahiro Owari
photograph byMamoru Atsuta
posted2012/09/07 10:30
マクラーレンのプリンシパル・エンジニアの今井弘。タイヤによって大きくレース結果が左右される近年のF1界において、マクラーレン優勝の陰には必ずこの人の活躍があった。
小林可夢偉が日本人の期待を背負って、2番手からスタートを切ろうとしていたころ、8m斜め前方のポールポジションの脇で、眼光鋭くタイヤを見つめる日本人がいた。マクラーレンの今井弘である。
今井は、東京大学在学中からモータースポーツを志し、'90年にブリヂストンに入社。タイヤの構造設計エンジニアとして、ミシュランとタイヤ戦争を行っていた時代のブリヂストンのF1活動を支えた人物である。'09年にマクラーレンへ移籍し、現在はビークルエンジニアリングのプリンシパルエンジニアとして、グランプリ期間中は主にタイヤのケアを行っている。
今シーズンのカナダGPで、2番手と3番手のフェルナンド・アロンソ(フェラーリ)とセバスチャン・ベッテル(レッドブル)が1回だけのピットストップでレースを走りきろうとする中、トップを走行していたルイス・ハミルトンに真っ先に2回目のピットインの指示を出したのは、今井だった。
ハミルトンがピットストップした後も、ライバル勢が走り続けている姿を見たとき、「やってしまったかなあ」と焦ったという。しかし、今井の判断は正しかった。直後にアロンソとベッテルのペースは落ち、ハミルトンが2ストップ作戦で鮮やかな逆転優勝を飾った。
フリー走行で十分なタイヤテストを行えぬまま本番に。
あれから約3カ月。今井はベルギーGPが開催されていたスパ-フランコルシャンで再び頭を抱えていた。それは予選へ向けてのタイヤの内圧の設定である。通常、内圧は金曜日に2回予定されている練習走行でいろいろ試して、予選が行われる土曜日のフリー走行3回目で最終的な確認を行って、予選に臨む。
ところが、今年のベルギーGPは金曜日が激しい雨となり、終始ウエットコンディション。ドライタイヤでの走行は土曜日のフリー走行3回目が初めてとなった。60分間のこのフリー走行で今井はドライバーがピットインするたびに内圧を変えたタイヤを装着させた。しかし、いずれのドライバーからも良好なフィーリングを得られないまま、セッションはタイムアップとなった。