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宮本恒靖の人間的強さは、
いったいどこから来るのか。
~『宮本恒靖 学ぶ人』を読む~ 

text by

木崎伸也

木崎伸也Shinya Kizaki

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posted2012/08/10 06:00

宮本恒靖の人間的強さは、いったいどこから来るのか。~『宮本恒靖 学ぶ人』を読む~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

『宮本恒靖 学ぶ人』 佐藤俊著 文藝春秋 1200円+税

 いま思い出しても、冷や汗がにじんでくる。

 2006年12月、宮本恒靖がオーストリアのレッドブル・ザルツブルクに移籍することが発表されたとき、当時ドイツに住んでいた私は2つの異なる感情を同時に覚えていた。ひとつはヨーロッパの舞台に挑む日本人DFを、取材者として応援したいという気持ち。

 しかしその一方で、こうも感じていた。「気まずいことになった」と。なぜなら私は2006年ドイツW杯を振り返る共著の書籍『敗因と』の中で、宮本が至らなかった点を痛烈に批判していたからだ。私のブログは宮本のファンからの抗議で溢れ、厳しい内容の本が出たことはきっと本人の耳にも届いていたはずだ。

 間違ったことを書いたつもりはなかったが、練習場や試合でいったいどう顔を合わせればいいのか。考え抜いた末に行き着いたのは、ある映画のDVDを渡すという選択だった。その映画とはイーサン・ホーク主演の『ガタカ』。遺伝子によって職業が限定される近未来の世界において、主人公がエリートから遺伝情報を買い取り、壮絶な努力によって宇宙飛行士になる夢を実現させるというSFだ。

取材中に漂わせる神秘的な雰囲気と、とてつもない懐の深さ。

 身長176cmと高さに恵まれていないセンターバックは、なかなかヨーロッパで勝負しようなどと考えないだろう。だが、宮本は他の要素で、短所を補おうとしていた。不可能と思われる目標に挑む姿は、まさに『ガタカ』そのものだ。ザルツブルクの入団会見の翌日、そんなメッセージを込めて、DVDを手渡した。

「ガタカ、おもしろいですよね。僕も好きです」

 この言葉を聞いた瞬間、敵も味方も飲み込んでしまうような、とてつもない懐の深さを感じた。

 直感は間違っていなかった。それから度々、インタビューする機会に恵まれたのだが、ときに意味深な沈黙で神秘的な雰囲気を漂わせながらも、嫌な表情を見せず、丁寧に答える。

【次ページ】 ドイツW杯、分裂の原因となったあの問題にも口を開く。

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