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ドイツGPで可夢偉がとった秘密作戦。
有松マネージャーのメモの中身は!?
text by
尾張正博Masahiro Owari
photograph byMasahiro Owari
posted2012/07/26 10:30
コース脇で何やら相談をしている小林可夢偉とそのマネージャーの有松氏(写真左)。F1グランプリではスタッフの誰一人として欠けても勝つことはできない、ということが証明されたエピソードでもあった。
可夢偉のマネージャーに偵察役の白羽の矢が立った。
スタート前のグリッド上は、さまざまな準備でメカニックやエンジニアが作業をしており非常に慌ただしい時間となる。ほかのチームの作業を観察する余裕があるスタッフなど、中規模チームのザウバーにはいない。そこでグリッドに立ち入ることができるパスを持っている有松に白羽の矢が立ったのである。
有松はかつて高木虎之介がアメリカのインディカー・シリーズに参戦していたころ、ライバルチームの動向を観察する役割の“スポッター”を務めたこともあるレース眼を持ったマネージャーだったのだ。
有松は9番グリッドに着いたディ・レスタのスタッフの動きと、グリッド脇に置かれてあったタイヤケースを凝視していた。タイヤケースには上下2段に4本ずつタイヤが並べられてあった。どちらかがミディアムで、もう一方がソフト。しかし、タイヤはタイヤウォーマーで覆われており、どちらがどちらかは部外者には見えないようになっている。
ところが、タイヤウォーマーの隙間には自分たちが識別するためにホワイトペンで3ケタの数字が書かれてある。有松はそれを見逃さなかった。そして、2種類のタイヤのどちらがミディアムでどちらがソフトかを推測した。
作戦はズバリ的中し、遭遇したライバルを難なくパス。
次にその2種類のタイヤのどちらをレース本番で選択するかが重要になってくる。
有松は「2種類のうち、メカニックが一方のタイヤの空気圧を頻繁にチェックしていた」ことから、レースで使用するタイヤを推測していた。
ただし、タイヤを装着するのはフォーメーションラップスタートの3分前。有松は10分前にグリッドから退出しなければならないため、最終的な判断はチームスタッフに委ねるしかなかった。そこで有松は自ら記入したメモ書きをスタッフに渡して、ディ・レスタのタイヤケースに置かれているタイヤを説明。彼らがタイヤを装着するまで待ってから、自分たちのタイヤを付けるようアドバイスしたのである。
果たしてディ・レスタはソフトを選択。それを確認してザウバーのメカニックたちはミディアムを急いで装着して、可夢偉を送り出した。
この日、可夢偉は2度、コース上でフォース・インディア勢に遭遇したが、いずれもライバルよりタイヤがフレッシュな状態だったため、難なくパス。自己ベストリザルトとなる4位は、可夢偉本人の走りだけでなく、チーム一丸となって勝ち得た頭脳的勝利でもあった。