MLB東奔西走BACK NUMBER
イチローの美学とメジャーの現実。
衝撃トレードの真相を完全レポート!
text by
菊地慶剛Yoshitaka Kikuchi
photograph byGetty Images
posted2012/07/25 12:15
ニューヨーク・ヤンキースへ移籍早々の7月23日の対シアトル・マリナーズ戦(セーフコ・フィールド)では、4打数1安打1盗塁の成績となったイチロー。この試合で先発した黒田博樹投手は10勝目を飾った。
イチローの美学と哲学が通りにくくなった現在の球界。
実はイチローのように1チームにこだわる考え方は、現在のメジャー球界の流れに逆行するものだった。
FA市場が肥大化し、さらに主力選手のトレードまでもが一般化している現在のメジャー球界。今では選手たちの目標は、毎年のように変わっていく所属チームに忠誠を尽くすことではなく、自らが優勝を経験するということ以外なくなっている。だから実力のある選手になればなるほど、優勝を狙えるチームを求めて積極的に移籍していくのが当然というのが現在の潮流なのだ。
例えば最近ではこんな例がある。2010年のアストロズは開幕から大不振が続き、メディアが一斉にチーム再建を論じ始めた。それに呼応するかのように、高額契約を結ぶランス・バークマン、ロイ・オズワルト両選手が「チームが再建に進むのであれば、自分はその邪魔をしたくない。自分の野球人生も終わりに近づきつつあり、優勝を狙えるチームに移籍したい」とトレードを直訴し、それぞれヤンキース、フィリーズにトレードになった。地元メディアも彼らの言動を批難することもなく、むしろ潔さに賞賛を持って送り出している。
毎年優勝争いから早々に脱落し、再建もままならないマリナーズ。
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現在のメジャーでイチローがその美学を貫くことの難しさを、7年間マリナーズに在籍しイチローを見守ってきたウィリー・ブルームクイスト選手は以下のように説明してくれた。
「なかなか自分の考えているような完ぺきな世界はない。確かにデレック・ジーターのようにチームは勝ち続け、ずっとその主力選手として活躍できることもある。しかしイチローが入団した2001年のマリナーズは強豪で、しかも彼がその大きな要素を占めていたが、それ以降チーム状況は変わってしまった。もちろんイチローは自分が主力としてずっと勝ちたかっただろうが、それができない状況にフラストレーションもあったはずだ。残念ながらどんな楽しいことでも必ず終わりがやって来るということだよ」
しかしイチローはマリナーズにこだわり続けた。その一方でマリナーズは2004年以降勝ち越しシーズンわずか2度と、何度となく再建期にあるといわれながら、本格的なチーム再建に着手することをしてこなかった。
そしてチームは毎年のようにシーズン早々に優勝争いから脱落し、シーズン終盤のファンの関心事はイチローの200安打達成だけになっていた。もちろんイチローは少しでもファンを喜ばすために、計り知れないプレッシャーと戦い続けながら、自分の記録更新に集中した。しかしその姿勢は時として誤解を招き、チーム内から「イチローは自分の記録しか考えていない」という内部告発が起こったこともあった。そして、ここ数年は地元メディアからもイチロー不要論が度々巻き起こった。イチローが心を痛めていないといえば、それは嘘になるだろう。