MLB東奔西走BACK NUMBER
イチローの美学とメジャーの現実。
衝撃トレードの真相を完全レポート!
text by
菊地慶剛Yoshitaka Kikuchi
photograph byGetty Images
posted2012/07/25 12:15
ニューヨーク・ヤンキースへ移籍早々の7月23日の対シアトル・マリナーズ戦(セーフコ・フィールド)では、4打数1安打1盗塁の成績となったイチロー。この試合で先発した黒田博樹投手は10勝目を飾った。
イチローの決断を、両チームのファンやメディアも賞賛。
しかし今回のトレード成立で、そんなネガティブなイチロー観が払拭されることになった。そして前述のバークマンやオズワルトのように、イチローの決断が皆から賞賛されていることも間違いない。シアトル、ニューヨークはもとより、各メディアが一斉に今回のトレードが両チームにとって最良のものであり、「イチローは正しいことをした」と論じているのだ。
ただしこんな意見もある。前述のブルームクイストの見解だ。
「イチローが正しいと決断したことが正しいことだと思うし、彼が新しい環境で優勝を目指せるようになり本当に良かったと思う。しかし仮にイチローがシアトルに残り、マリナーズで野球人生を終えたとしてもそれもイチローにとっては正しい決断だったはずだ。彼はそれだけの素晴らしいことをやってきた選手なのだから」
結果として、イチローを取り巻く環境が彼の美学、その哲学を貫き通すことを拒んだということになる。特にイチローにとって、彼を支え続けたマリナーズ・ファンと別れることは最も辛い決断だったはずだ。移籍後の記者会見で感極まって言葉を失いかけたのは、ファンに感謝の言葉を告げているときだった。
「2001年から、チームが勝ったときも負けたときも、僕が良かったときも悪かったときも、同じ時間や思いを共有できたことを思うと大変感慨深いです。そしてそのどんな時も、僕にとってファンの存在が大きな支えでした。11年半、ファンと同じ時間、思いを共有したことを振り返り、自分がマリナーズのユニフォームを脱ぐということを想像したときに、大変寂しい思いになりましたし、今回のこの決断は大変難しいものでした」
ファンに向け、右手でヘルメットをかざし、深々とお辞儀を……。
奇しくもヤンキースのユニフォーム姿を初披露したのはマリナーズ・ファンの前だった。3回表にヤンキース移籍後の初打席に立ったとき、ファン総立ちのスタンディングオベーションを受けた。イチローは、これまで彼らの前で偉業を達成してきたときのように右手でヘルメットをかざしただけでなく、一塁スタンドとフィールドに向かって2度深々とお辞儀をした。“日本人”イチローなりの感謝と惜別の挨拶だったのだろう。
すでに何人かの評論家が今後のイチローを論じているが、環境が変わることでの彼の復活を予測する一方、むしろニューヨークの厳しい環境がプレッシャーになるのではという厳しい意見もあり、賛否両論が飛び交っている状況だ。いずれにせよ今シーズン限りで契約が切れるイチローにとって、選手層の厚いヤンキースに入り残り2カ月半でどれほどの活躍ができるかが、来シーズン以降の彼の将来を大きく左右することになる。彼が刺激を求めて決断を下した今回の挑戦は、決して安穏としたものではないことだけは確かだ。