野ボール横丁BACK NUMBER
甲子園で泣く選手は大成しない!?
プロ入りした後の活躍を検証する。
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byHideki Sugiyama
posted2012/07/04 11:50
2009年夏の甲子園。6点リードした状態での9回表2アウト・ランナー無しから、高校野球史に残る怒涛の猛反撃をくらって降板した堂林翔太。極めて異例と言わざるを得ない、涙と反省の優勝インタビュー。
甲子園で負けた瞬間でさえ笑う……堂々とした選手。
'92年夏、2回戦で5連続敬遠を受けて敗れた星稜の松井秀喜(レイズ)の泰然たる態度は今や語り草になっているし、'95年夏、準々決勝で敗退したPL学園の福留孝介(元ホワイトソックス)も驚くほど淡々としていたと聞いたことがある。
実際に目撃した例でも、東北のエースだったダルビッシュ有(レンジャーズ)は、2年夏('03年)に決勝戦で敗れた時はそれこそ号泣していたが、3年夏('04年)は3回戦で最後の打者になったものの、見逃し三振をした瞬間、笑みさえ浮かべていた。
'06年夏、早実との決勝戦で敗れた駒大苫小牧の田中将大(楽天)もそうだった。斎藤佑樹の真っ直ぐに空振り三振を喫し、ゲームセット。そして、打席の中で、やはり笑っていたのだ。
彼らが泣かなかった理由――。
悔いがなかったから。感情を制御できていたから。甲子園はあくまで通過点で、もっと先を見ていたから。だいたいそんなところだろう。
2つ目と3つ目は、プロで活躍するのに必要な資質だ。そういう意味では、泣いてしまう選手は、やはりプロ向きではないのかもしれない。
甲子園で号泣した堂林翔太が、いま活躍している理由とは?
しかし現在、甲子園で号泣した選手が大活躍している。今季、広島のサードに定着している堂林翔太だ。
高卒3年目の野手で、ドラフト2位ということも考えたら、ここまでの働きは二重丸をつけていい。
'09年夏、日本文理との決勝を戦い終えた中京大中京のエースだった堂林は、お立ち台で泣きじゃくっていた。
「最後まで投げたかったんですけど……情けないんですけど……すいませんでした」
甲子園史上、優勝して謝った投手など堂林が唯一ではないか。
その試合の堂林は、先発しながらも調子が今一つでいったんライトに回っていたのだが、9回表、10-4と大量リードしていたこともあり再びマウンドに上がった。ところが、再び打ち込まれKO。その後、リリーフがしのぎ、チームは10-9で何とか逃げ切ったが、堂林の乱調で、あわや優勝を逃すところまで追い込まれてしまったのだ。
プロに入って、彼の性格はどちらに転ぶのか。
密かに注目していた。