プレミアリーグの時間BACK NUMBER
サッカーの試合中の悲劇をどう防ぐ?
プレミア“ムアンバの奇跡”を検証する。
text by
山中忍Shinobu Yamanaka
photograph byAFLO
posted2012/03/31 08:02
ムアンバの無事を願う多くのメッセージが寄せられた。ボルトンのサポーターに限らず、他チームのファンや選手も、ムアンバへの祈りをユニフォームに込めた。
サッカー熱の高さで知られるイングランドでは、庶民の生活はサポートするクラブを中心に回っていると言っても過言ではない。だが、3月後半の国内では、人々がクラブ党派の垣根を越えて、ある結果を待ち望んだ。
17日に行われた、FAカップ第6ラウンドでのトッテナム対ボルトン(中断延期)の試合中、心停止状態に陥ったファブリス・ムアンバの無事である。
幸い、ムアンバは一命を取り留めた。試合の2日後に昏睡状態から醒めると、「一流のサッカー選手だそうですね?」という医師の問い掛けに、「努力はしています」と答えたと言われる。笑顔と謙虚さで愛される23歳らしいユーモアだ。その蘇生は、サッカーの現場のみならず、医療の現場でも「奇跡」と言われた。1対1で迎えた前半41分に倒れてから、東ロンドンの専門病院で鼓動を取り戻すまで、ボルトンMFの心臓は1時間18分も停止したままだった。その間に施された電気ショックは15回にも上った。
ムアンバの「奇跡」は完璧な応急処置のおかげだった。
奇跡の裏に、然るべき処置が迅速に行われた現実があることは間違いない。ピッチに倒れているムアンバに最初に気付いたのは、10メートル弱の距離にいた、ラファエル・ファンデルファールトだった。プレーの展開とは離れた位置で横たわる相手ボランチの姿に、事態の深刻さを察知したのだろう。トッテナムのプレーメイカーは、必死のジェスチャーで緊急事態をベンチに告げ、即座に両軍の医療スタッフとスタジアムの救急隊が駆けつけた。
その後10分間、ピッチ上では、ボルトンのチームドクターによる人工呼吸はもちろん、スタジアム装備の除細動器による電気ショックも二度試みられた。それでも心臓が動かなかったムアンバは、担架の上で、継続的な心臓マッサージと更に一度の電気ショックを施され、転倒から48分後には救急車で病院に到着。その30分後に蘇生に至っている。ムアンバ生還のキーポイントとなった応急処置は、病院側が「医学生に見本として紹介したい」と感心するほどのレベルだった。
医療体制を見直すきっかけとなった5年前の事故。
さすがは世界最高水準のプレミアリーグと言いたいところだが、実のところ、数年前までの医療体制は、お世辞にも褒められたものではなかった。
改善のきっかけは、2006年10月に起こった、ペトル・チェフの大怪我。チェルシーの守護神が、今やお馴染みのヘッドギア着用を余儀なくされる原因となった、アウェイゲーム中の頭蓋骨陥没骨折だ。相手選手との接触事故だったのだが、外傷が見られず、意識もあったことから、周りが怪我の重度を計りかねた点はあるだろう。それにしても、チェフは、担架を待つ間に自力でゴールラインの外に這い出さなくてはならず、ようやく担架に乗せられた後は、控え室で救急車を待たなければならなかった。
最終的には、脳外科の緊急手術で大事には至らずに済んだのだが、当時の監督だったジョゼ・モウリーニョが、「私のGKは30分間も救急車を待たなければならなかった。イングランドのサッカー界は、この事態を深刻に受け止めなければならない。サッカーよりもはるかに大切なものがあるはずだ」と、怒りを露にしたのも無理はない。
チェルシーからの苦情申し立てを受けたプレミアリーグは、現場における医療対応の基準アップを図ることになった。