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<チームメイトが好敵手> ハミルトン×バトン 「二人の王者の密かな不安」
text by
船田力Chikara Funada
photograph byMamoru Atsuta
posted2010/04/21 06:00
チームが探していた「最高のドライバー」がバトンだった。
ウイットマーシュは語る。
「まあ結果的にはそうなったが、マクラーレンは、イギリス人にこだわっていたわけじゃない。我々は単純に最高のドライバーを探していただけだし、その条件にたまたま合ったのが、ジェンソンだったというだけなんだ。
とはいっても、ルイスのチームメイトになるというのは、ジェンソンにとって相当勇気のいる決断だったと思う。
だけど彼は、あえてチャレンジしてみたいと言ってくれた。本来なら慣れ親しんだチームに留まった方が楽だし、ましてやそこでチャンピオンシップも獲ったばかりなのに、彼はチャレンジング・スピリットを見せてくれた。そういう前向きな姿勢こそ、ドライバーには必要なものなんだ」
ハミルトン寄りのチーム体制が“イバラの道”となる危険性も。
しかし世間的には、バトンは無謀な決断をしたと見る向きも多い。
たしかにバトンは昨年チャンピオンドライバーになったが、それはドライバーとしての力量によるというよりは、単純にマシンが速かったためだと指摘する人々もいる。その意味でバトンは、ハミルトンを相手に、自分が本当にチャンピオンにふさわしい器であることを証明しなければならない。
さらにはチームの体制という点でも、バトンは有利な状況におかれているとはいいがたい。パートナーのハミルトンは、幼少の頃からマクラーレンに育てられてきたドライバーで、'08年にはF1史上最年少でチャンピオンシップを獲得。マクラーレンにおいて絶対的な存在となってきた。ウイットマーシュの言う「勇気ある決断」は、バトンにとって、キャリアの失墜につながる“イバラの道”となる危険性も秘めているのである。
レース関係者が危惧する、「セナ・プロ対決」の再現。
ハミルトンとバトンという“ジョイント・ナンバーワン”体制は、チームそのものにとっても諸刃の剣になりかねない。
そもそもエースドライバーふたりを擁して成功したケースはきわめて少ない。その最たるものが、'80年代末に繰り広げられた「セナ・プロ対決」だった。
特に'89年はシーズンの開幕から熾烈な争いを展開。'86年以来のタイトル奪還を目論むプロストと2連覇を狙うセナは、コース上だろうがコース外だろうがおかまいなしに「目には目を、歯には歯を」の方針を貫いた。
懇意にしているメディアを使って、相手を攻撃するなど日常茶飯事。両者の間に生じた疑心暗鬼はチーム内の不信感も募らせ、シーズン終盤には同じチームでありながら、セナ派とプロスト派という二つの勢力があるような状態になった。
チームは連勝こそ収めていたものの、終盤戦に向けて二人の戦いはさらに激化。ついには日本GPのシケインで、プロストがセナのマシンを物理的にコース上から排除するという、嘆かわしい結末をもたらしてしまう。
ハミルトンとバトン、マクラーレンが二人のチャンピオンドライバーを配下においたという一報を耳にした関係者が、咄嗟にセナ・プロ対決の再現を危惧したのは無理もない。