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<文武両道で初のセンバツへ> 宮崎西高校 「弱小野球部の“とんでもない快進撃”」
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph byKentaro Kase
posted2012/03/17 08:02
“急造エース”と“堅守”の意識を携えて。
捕手の原田は、戸高の特長をこう表現する。
「むちゃくちゃすごそうなバッターの時でも、なんか、のほほんとしてますね。インコースに構えても、大胆にズバズバ投げてくる」
緩急、図太さ、コントロール。3つの武器を駆使する、願ってもない“急造エース”が誕生したのである。
一方、野手陣は、守りの強化に地道に取り組んでいた。守備に高い意識を置くようになったのは、練習試合で大量失点を重ねていたからだったが、理由はそれだけではなかった。
ある部員が、興味深い話を聞かせてくれた。
「(夏に引退した)先輩たち、うまかったんすけど、球際のプレーがちょっと雑になるところがあって……。自分たちは、とにかく堅実にやろうって意識を持つようになりました」
9月の末、“急造エース”の誕生と“堅守”の意識を携えた西高野球部は、新チーム初の公式戦となる秋季県大会に臨んだ。
ところが、初戦となった2回戦の先発マウンドに上がったのは、戸高ではなく、背番号「1」をつけた2年生、沓掛堅也(タイトル写真左)だった。
顔立ちにあどけなさが残る沓掛は、当初、新チームのエース候補と目されていた。戸高と同じ右腕で、球速も似たり寄ったり。抜群のコントロールも共通している。だが、どうしても自分のボールに自信がもてずにいた。
戸高の成長があるとはいえ、今後の戦いも考えると、1年生に全てを託すのは荷が重い。背番号「1」と公式戦での先発起用は、「試合を通して自信をつけてくれ」という、兒玉から沓掛へのメッセージだった。
2回戦に続き3回戦でも先発した沓掛は、中盤まで試合をつくり、連勝発進に貢献。弱気だった沓掛が自信をつかんだことで、西高に“二枚看板”が完成したのだった。
そして、両投手に共通する優れた制球力は、野手陣との間に有機的な連携を生んだ。象徴的だったのが、県大会準々決勝、シード校の都城泉ヶ丘との一戦だ。
試合は、1点を先制された西高が同点に追いつき、延長戦にもつれ込んだ。西高は10回表に2点を勝ち越すと、その裏の反撃を1点に抑え、3-2で辛くも逃げ切る。泉ヶ丘は11安打を放つも、10残塁。再三チャンスを作ったが、西高の粘り強い守備に阻まれた。
「いい当たりを打たれたけど、野手が要所要所でしっかり捕ってくれましたね。ポジショニングが良かったんだと思う」
先発した戸高の言葉を裏付けるように、ライトを守る主将、横上聖司が言う。
「ピッチャーは原田の構えたところに投げてくれないと、困るんです」
西高の内外野は、打者のスイング軌道、そして原田の構えたミットの位置を判断材料に、守備位置を微妙に変えているというのだ。
バッテリーと野手全員が連携した守りの野球は見事に機能し、西高は創部以来初となる県大会ベスト4進出を果たした。
この勝利が大きかった、と原田は言う。
「先制されると、いつもなら『もうダメかな』って感じなのに、この試合だけは、いけそうな雰囲気があって。なんでかは分からないんですけど……もってたんじゃないですかね」
この一戦を境に、チームは勢いづいた。準決勝では第1シードの日章学園を相手に、沓掛-戸高のリレーで2-0の完封勝利。都城商との決勝戦では1-3と敗れたが、2週間後に大分で開幕する九州大会へと駒を進めた。
初戦の相手に決まったのは、強豪校揃いの福岡県大会を制した自由ケ丘である。
抽選の結果を見て、原田は負けを覚悟した。
「“バケモン”がいっぱいおるんかなって、不安はあった。でも、知らんような学校より、すごく強いところに清々しく負けた方がいい」
しかし、開き直った西高ナインは、格上を相手に互角の戦いを演じた。
西高は1点リードの9回裏、勝利目前で追いつかれ、この秋2度目の延長戦に突入。それでも11回表に1点をもぎとり、5-4で勝利した。9回までで走者を出さなかったのは8回の1イニングのみ。完投した戸高と野手陣が粘りに粘って挙げた大金星だった。
「考えてもみなかった」と部員が口を揃える甲子園が、現実味を帯びてきた。センバツ出場校は秋の地区大会の結果をもとに選考される。九州に与えられた枠は4つ。ベスト4に進出すれば、センバツ切符はほぼ手中だ。
そんな西高の前に立ちはだかったのは、熊本県大会の優勝校、九州学院。甲子園出場11回を誇る、言わずと知れた強豪校だ。
西高は、またも得意の接戦に持ち込んだものの、打線が散発4安打10三振と振るわず、2-0で完封負け。「とんでもない快進撃」は、ここに終わりを迎えた。
九州大会ベスト8。西高にとって、前代未聞の好成績ではある。ただ、センバツへの出場権を確実なものとするには、あと1勝、足りなかった。
ところが、九州学院と準決勝で対戦した創成館(長崎)がコールド負けを喫したため、選考の行方は分からなくなった。ベスト4の一角が大敗したことで、ベスト8からの逆転選出もありえる状況が生まれたのだ。
その一方で西高は、もう一つの可能性を手に入れることになる。文武両道を実践しながら地区大会で好成績を収めたことが評価され、21世紀枠の九州地区候補校に選ばれたのだ。
21世紀枠か、実力が評価されての一般枠か。それとも、どちらにも入れないのか。
出場校の選考・発表は1月27日。西高ナインは、期待と不安を胸に、その日をただ待つしかなかった。
そして、運命の日――。
21世紀枠の発表は午後3時に始まる。その後、一般枠の発表が北から順に進み、出場決定校には電話連絡が入ることになっている。
校長室にある時計の針が3時を指す。だが、電話は鳴らない。兒玉はうなだれた。
「決まるとしたら21世紀枠だと思ってました。だから、落ちたと聞いた時は、もうダメやと。一般枠はないやろうなって」
その頃、授業に集中していた原田は、出場校の発表が進んでいることすら忘れていた。3時半に6限目の授業が終わると、野球部全員で校長室の前に集まった。
「そしたら事務室のおじちゃんが走ってきてガッツポーズしてたんで。この時は、ああ、21世紀枠で決まったんやなって思いました」
電話が鳴ったのは3時40分頃。堅守が評価されての、堂々の一般枠での選出だった。
ついに、西高は甲子園への切符を手にした。だが、3月21日に開幕する本番に向け、野球部を取り巻く環境が変わったわけではない。
2月は学年末テストのため部活禁止となり、約2週間、ほとんど練習ができなかった。公式戦のチーム打率は.246。打力の底上げは欠かせない。また、練習試合を含めた新チームの戦績は、一般枠での出場校では唯一、12勝14敗3分と負け越している。
部員たちは口を揃えて「甲子園は、怖い」と言う。初の大舞台。不安がつきまとうのは当然だ。センバツには九州大会以上に“バケモン”も多いことだろう。
だが、怯える必要はない。相手にとっては西高野球部もまた、得体の知れない粘りを秘めた、不気味な存在なのだから。