野球善哉BACK NUMBER
強豪校の前に散った加古川北と桜井。
公立校が見せた高校野球の“美しさ”。
text by
氏原英明Hideaki Ujihara
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2011/08/01 12:55
兵庫県大会決勝、東洋大姫路と再試合の末0-6で敗れるも、胸を張って行進する加古川北ナインたち
良いプレーには敵味方関係なく喝采を送る桜井。
桜井が実践する野球は一風変わっている。それは、加古川北が文武両道を重んじ、日常生活から高校生としての姿を全うした野球からさらに深く掘り下げたものだ。
挨拶や授業態度はもちろんのこと、校内のゴミ拾いから素手で行うトイレ掃除までを実践し、心を鍛えてきた。野球においても然り。試合には、相手のミスに付け込むという要素があるが、相手のミスを期待せず、ミスからの出塁や得点にも特別喜ぶことはなかった。さらには、ガッツポーズ等で喜びを表現することはせず、逆に良いプレーが出た時には敵味方関係なく喝采を送る。
就任して4年目になる森島伸晃監督は、桜井の目指す野球をこう説明している。
「例えば自チームの選手がミスをしたら、指導者は『ミスは取り返せ、切り替えろ』っていいますよね。そやのに、相手のミスは引きずらせて、相手のミスを期待したり、喜んだりするというのは矛盾しているのではないかと思っています。人生には勝つこともあるし、負けることもある。
スポーツですから、勝たないといけないのですが、勝っても負けても、やっている人間の心が豊かになることを第一に考えています。ミスを誘うとか、ミスに付け込むのがスポーツで、ルールが変わるわけではない。しかし、自分たちがやる野球の中身を心構えとか、自分らの姿勢で変えていくこともできるのかなと。悪いものを悪いっていったって、世の中は良くならない。悪いものを良いものに変えてしまう。良いものはもっと良いものにしていくという観点に立つことができれば、優勝しても1回戦で負けても、何をしても、得られるものは同じなのだと思います」
桜井が見せた、お互いで良いものを作り上げていく清々しい野球。
決勝戦は智弁学園の打棒が爆発、3本の本塁打が飛び出し、個の力を見せつけた試合だったが、桜井の選手たちは負けても姿勢を変えることはなかった。
決勝戦という大舞台、最後の夏、勝って甲子園に行きたいという気持ちが先行する中でも、彼らはホームランを打ち、ダイヤモンドを回ってきた智弁学園の選手に対し、声を掛けていたのだ。
「ナイスバッティング」と――。
ベンチさえも、拍手を送って喝采するほどだった。
「相手を称えるということは、自分たちにとって精いっぱいやったという証だと思います。相手のファインプレーを引き出そうと思ってプレーしている選手は誰もいないわけで、打たれて悔しい、良い当たりを取られて悔しいに決まっている。でも、悔しいとか腹を立てるのではなくて、こっちは自分の思いで精一杯やったのだから、相手も称えてあげればいい」
桜井の野球はまさに、相手と調和し、お互いで良いものを作り上げていく清々しい野球だった。
しかし、彼らもまた頂点に立つことはできなかった。
加古川北も桜井も、これまで数多く存在した準優勝校の一つにすぎないと言えるのかもしれない。強豪私学に立ち向かった公立校の活躍は地方大会を盛り上げる一つの要因になっているのは確かだ。しかし、野球を通じて勝負だけにこだわらない姿勢を貫いた彼らの戦いが語られることは少ない。
“美しい”散り方をした2つの公立校の存在を忘れたくはない。