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From:ミュンヘン~シュツットガルト「変わり往くドイツを見て、顔が緩む。」 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2005/09/30 00:00

From:ミュンヘン~シュツットガルト「変わり往くドイツを見て、顔が緩む。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

厳格だったドイツのイメージはどこへやら。

時間にはルーズになり、表情に堅さがなくなってきた

でもそれで好感度はますます上がっている。

 ミュンヘン中央駅9時26分発ドルトムント行きのICE(インターシティ・エキスプレス)610号は、アウスブルグ、シュツットガルト、フランクフルト、ケルンなどに停車し、14時34分、デュッセルドルフ中央駅に到着する。僕はそこで下車し、駅前のホテルにチェックインした後、再度電車に乗り、ゲルゼンキルヘンを目指す。サッカーにちょっとうるさい人なら、僕がどのような目的で動いているのか、直ぐにお分かりいただけると思う。

 「火曜日」に「アリアンツ・アレーナ」で、ミュンヘンでバイエルン対クラブ・ブルージュを観戦した後、「水曜日」に「アウフシャルケ・アリーナ」で、シャルケ04対ACミランを観戦する。題してチャンピオンズリーグを巡る旅、ドイツ編だ。

 前回、仙台〜新潟の旅がドサ回りならば、今回は、本格派が投げ込む真ん中直球ストライク。これ以上、今日的な旅はない。僕を乗せたドイツ式新幹線ことICEは、いまレールの上を滑らかに、軽やかに、スピードを加速させながら、2006年W杯開催国を快調に北上している最中だ。

 当然、耳にはipodシャッフルが装着されている。いま、流れているのは、昨日、コンピレーション・アルバムがミュンヘンいち充実しているというCD屋で購入した「ホテル・コスタ8」。この発売間もないピカピカの新譜が、脳をスタイリッシュにビシビシと刺激すれば、車窓を流れていく牧歌的な風景が、ソフトなタッチで視覚をくすぐる。グレーで統一された車内のデザインも上々。革張りのシートも堅めで座り心地良し。僕はいまとても快適な、まさに理想的空間の中に身を委ねながら、ドイツの旅を楽しんでいる。

 アウスブルグに到着。腕時計と車内に備え付けの時刻表と見比べて驚く。到着時刻は10分以上も遅れている。ドイツといえば、交通機関をダイヤ通り運行する能力が、欧州で最も高い国との定評がある。その意味では、日本人のメンタリティに一番フィットした国なのだけれど、いきなり10分遅れときた。2006年は大丈夫か?日本人なら、思わず憎まれ口の一つも叩きたくなるところだ。しかし、日本人を除くほとんどの人たちは、その程度のことは気にしない。日本人の優秀さと、日本人に欠けている何かを、同時に思う瞬間だ。

 欠けている何かとは。2002年W杯を開催した日本という視点で見れば、スタジアムとなる。昨日、初めて観戦した「アリアンツ・アレーナ」は、日本でいえば横浜国際に相当する。来年、開幕戦が行われる舞台と、前回、決勝戦が行われた舞台との関係は、まさに月とすっぽん。お前はいつも日本を悪くいうけしからんヤツだとお怒りの方は、まずアリアンツ・アレーナにお出かけ下さいと大きな声で言ってあげたい。

 ドイツW杯にお出かけ下さいとも言いたい。来年ドイツに行けば、2002年W杯を開催した日本との差は一目瞭然。己を省みるには絶好の機会だ。

 ドイツにも大きな変化が見られる。笑顔が乏しい国、人々の表情が硬い国、和みにくい国、ではなくなりつつある。特に近年、その傾向は強まるいっぽうだ。好印象は訪れるたびに増している。

 一にポルトガル(ユーロ2004開催国)、二にオランダ(ユーロ2000開催国)。欧州ではこの2か国が、かつてのドイツとは正反対の傾向を指す国だった。両国は、外国から来た旅行者をお迎えするホスピタリティに優れていたし、また、外国に出かけても歓迎される国民だった。つまりドイツ人は、彼らとは反対に、他の欧州人から好かれる存在ではなかった。好感度はとても低かった。最近の2度のユーロを通して、それはより鮮明になった。

 ドイツ人が利口なのは、自分自身でその欠点に気がついたことだと思う。2つのユーロを反面教師とし、このままではマズイという結論を、自ら導き出したのだろう。

 特殊な仕掛けが施されたアリアンツ・アレーナは、新しいドイツの象徴といえる。このスタジアムは、特殊な素材で覆われた外観(南青山にある「プラダ」と同じデザイン!)が、白、赤、青、白赤、白青といった具合に状況に応じて色を変える。昨夜はバイエルンの試合なので、外観は赤と白が交互にライトアップされていた。あの器の中に早く入りたい。あの、非日常的な空間の中に身を委ねてみたいとの思いは加速する。膨らむ夢が、足取りを軽くさせる。ウキウキ気分が、旅の疲れを忘れさせる。

 係員の対応もにこやかだ。プレスには豪華な食事のサービスもある。まずいメシでは全くない。ハーフタイムにはデザートも出る。ビールはいつでもオッケーだ。

 もちろんスタジアムの内部構造にも優れている。視角は良いし、ピッチはステージのように明るいし、そして、座席と座席の間隔が、左右も前後もたっぷり離れている点が、観戦者には何よりありがたい。収容は7万人。器は8万人以上を収容できる大きさがありながら、あえて7万席しか設けていない点に良心を感じる。

 というところで、ICE610号はシュツットガルトに到着。遅れは3分にグッと短縮された。まっ運転手さん、くれぐれも事故など起こさぬよう、安全運転に気をつけて操縦レバーを握ってください。厳格そうな硬い表情で1分1秒をキッチリ守るより、3分遅れようともニコニコ顔でいる人の方が僕は好きだ。元の顔が怖いドイツ人の場合は特にそれが言える。笑ってごまかせじゃないけれど、その方が相手を幸せな気にさせる。

 蛇足ながら、といいながらも僕は、〆切だけはキッチリ守るタイプのライターなんですよ、世の中の編集者サン。

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