Column from EnglandBACK NUMBER
プレミアの監督たちを脅かす真の"敵"
text by
山中忍Shinobu Yamanaka
photograph byJohn Peters/Manchester United via Getty Images /AFLO
posted2009/02/03 00:00
今季のプレミアシップでは、5名の監督が前半戦のうちにクラブを去った(ポーツマスからトットナムに移ったレドナップは除く)。昨季も最終的に7つのクラブで監督の交代劇が見られたことを考えれば、これは特に驚くべきことではない。
しかし、昨季と今季では決定的な違いがある。昨季は「勝ち点の増減(チームの順位)」が解任の原因だったが、今季は「収支の増減」が最大の要因になっているからだ。
先陣を切ったアラン・カービッシュリーとケビン・キーガンは、昨夏の移籍市場で意にそぐわない選手売買が行われたことに腹を立てて、ウェストハムとニューカッスルに三行半を突きつけた。トットナムによるファンデ・ラモス(現レアル・マドリー)の解任と、ブラックバーンによるポール・インスの更迭は成績不振が理由だが、やはり最終的に決め手となったのは経営的な判断だった。
以前にコラムでも書いたように、ラモス率いるトットナムの低迷は、移籍市場の閉幕日に主砲(ベルバトフ)を売却するというオーナーの愚行と無縁ではない。ブラックバーンが、プレミア1年生の新監督を半年足らずで見限った最大の理由は、クラブの売却を望むオーナーが、成績不振でクラブの評価額が下がるのを嫌ったためだと言われている。
金融危機で景気後退が進む中、"ビジネス"という名の隠れた敵に敗れてクラブを去る監督は、これからの半年間でさらに増えるだろう。
まず危険信号が灯っているのは、ポーツマスのトニー・アダムズだ。FAカップではスワンジー(2部)に敗れて連覇の夢を絶たれ、リーグでは7試合連続で勝ち星なし(本稿執筆時点)。しかもピッチの外ではオーナーが買収先を募集中と、インスの二の舞となる条件は十二分に揃っている。
ウェストハムの新監督、ジャンフランコ・ゾラの立場も危ない。チームは中位につけているが、アイスランド人オーナーの資金力は弱体化の一途を辿っている。今冬の移籍市場では主力選手の売却もやむなしという状態だ。ゾラが苦しい台所事情をやりくりして結果を出したとしても、クラブが買収されてオーナーが代われば、首脳陣の顔ぶれが一新されることは目に見えている。
状況の深刻さは、大物監督にとっても他人事ではない。プレミアのビッグクラブは、知名度や成績も超一流ならば、負債額の大きさも超一流。リバプールのアメリカ人オーナーは、期限の迫った借金返済と今後の予算確保に向けて400億円台のローンの組み直しに四苦八苦している。にもかかわらずラファエル・ベニテスは選手の売買に関する最終権限を要求しているため、指揮官との契約延長の交渉は決裂してしまった。このままでは、仮にリバプールが19年ぶりのリーグ優勝を達成したとしても、ベニテスが直後にチームを去ることになりかねない。
我らがチェルシーでは、ルイス・フェリペ・スコラーリの動向が気掛かりだ。「自分はコーチ」と割り切っているため、補強予算に口を挟むつもりはなさそうだが、得点力不足に悩むチームを見る度に、「夏にロビーニョ(現マンC)をしっかり買っておいてくれれば」という不満を募らせているに違いない。冬の移籍市場で代役をといきたいところだが、アブラモビッチの資本が大幅に目減りしたために、実質的な戦力補強はゼロ。それでいてクラブ側からは、プレミアやCLのタイトルを獲って懐を温かくしてほしいと圧力をかけられるのだから、いつスコラーリが癇癪玉を破裂させてもおかしくはない。いや、CL16強(対ユベントス)で失態を演じるようなことがあれば、経営陣の方が先に動きだす可能性さえある。
アーセナルも微妙だ。もともと良識ある金の使い方をするクラブだが、いかんせん今季は大苦戦。来季のCL出場権(4位以内)を逃せば、収入大幅減→外資の本格導入で補填→クラブの"カルチャー(伝統)"変質→アーセン・ベンゲル辞任、というシナリオもなきにしもあらずである。
残るはマンU。後半戦に入って首位に立つなどピッチ上では期待が持てるが、案の定、メインスポンサーのAIG社は契約(来季まで)打ち切りを画策中のようだ。とはいえ、そこは現役"世界一"。すぐさま監督の首云々という話にはならないだろう。もっともクラブの営業部隊は、今頃、クリスティアーノ・ロナウド顔負けのスピードで新スポンサー探しに奔走しているのだろうが。