Column from GermanyBACK NUMBER
クリンスマン監督は信念の人である。
text by
安藤正純Masazumi Ando
photograph byAFLO
posted2004/08/30 00:00
前々回、「ドイツ代表のアシスタントコーチに元浦和レッズのオジエクが就任した」と書いたが、ここで訂正する。実は入稿の直後、人事案が撤回されたのだ。その理由が、ベッケンバウアーの影響力排除というから驚きだ。
皇帝の息がかかるオジエクでは、なにかと問題が起こりやすい。そこでユルゲン・クリンスマン新監督は「一緒に働きたいタイプじゃない」とオジエクを切り、若手で戦術に詳しいヨアヒム・レブを右腕として起用した。こうして、古参幹部による“院政”をはっきりと拒否したのである。
6年間、カリフォルニアで過ごしたクリンスマンには、競争原理を優先するアメリカの合理性と、伝統を重んじるドイツの堅実性をうまくミックスしたアイデアが湧いてくるようだ。
初采配となったオーストリア戦では、キャプテンを長年務めてきたGKカーンではなく、バラックに代えた。今後はずっとバラックがリーダーとなる。当然カーンは面白くない。ケツをまくりたいところだが、代表を退いたら何も得はない。逆に伸び盛りのヒルデブラントの株を上げることになってしまうだろう。
私生活の乱れが指摘され、国内最高の年俸を稼ぐカーンには周囲も冷めた目を向けていたが、これまで誰もカーンを諌めることができなかった。
それをクリンスマンは、「カーン、レーマン、ヒルデブラントの3人をローテーションで回す」と、レギュラーの保証がない緊張感溢れるチーム作りをしていくことを宣言、殿様気分のカーンにガツンとやったのだった。こうなると他のメンバーは「よくぞ、やってくれた」となり、監督への信頼感が増す。結果、組織は強くなる。
意外なことだがドイツは日本と似て、けっこう“浪花節”が幅をきかせている。人間関係を表す隠語は頭文字をとって『ビタミンB』と言われ、サッカー界でもビタミンBが大手を振っている。だが昔の上下関係や元チームメイト、恩義を重視してばかりいては、代表チームは持たない。
そこでクリンスマンはDFB内部の老害を徐々に排除していっている。46年間、代表マネジャーを務めた“チームの生き字引”には早速退いてもらった。クビになる職員はこれからさらに増えることだろう。一方で、各分野から専門家を集めて総合的にチーム強化を図ることに精力を注いでいる。こちらはアメリカで体験したコーチングがヒントになった。
さて、オーストリア戦を3−1で快勝したドイツの次なる相手はブラジルだ。9月8日のベルリンに注目したい。ただの親善試合ではない重要な意味を持つ。クリンスマンとDFBは『プロジェクト2006』を立ち上げ、自国開催のW杯で優勝を目指している。そのための第一歩として位置づけているからだ。
現役時代から一切の妥協を許さず、勝つことだけに執念を燃やしてきたクリンスマンがアメリカに移住したのは、ドイツ的な昔気質を嫌っていたからだと言われる。しかし一連の新鮮な発想と人事をみると、頑固さと信念を貫き通すドイツ気質がベースにあってこそ、だと思うのだが。