スタジアムの内と外BACK NUMBER
ケビン・ホッジスは韓国で投げている。
text by
長谷川晶一Shoichi Hasegawa
photograph byTOPIC/AFLO
posted2004/08/11 00:00
7月13日、阪神タイガースの新外国人投手トレイ・ホッジスが兵庫・鳴尾浜球場で完璧な二軍デビューを飾った。アメリカで「投げる精密機械」マダックスの後継右腕と称されたホッジスの投球を一目見ようと、阪神・岡田監督、佐藤ピッチングコーチが熱い視線を送る中、ホッジスは多彩な変化球で打者を翻弄した。
そして、その日の夜。トレイの兄、ケビン・ホッジスは韓国のチャムシルで投げていた。
02年、日本で最多勝を獲得したケビン・ホッジスは今年、新天地を韓国の三星ライオンズに求めていた。小雨がぱらつく寒々とした生憎の天気。実数を発表する韓国球界で、この日、3122名と発表された観客の前でホッジスは黙々と投げていた。
斗山ベアーズ対三星ライオンズの第10回戦。
ベアーズの本拠地であるチャムシル総合運動場は、チームが三年ぶりの首位にたっていたにもかかわらず、実に寒々とした空間だった。まばらな拍手の中では、打球音、投手の息遣いがクリアに聞こえるという小さな発見はあったものの、日本の野球に慣れた者にとって、それは実に静かな空間だった。
ホッジスは奮闘していた。2回に味方のエラーをきっかけに得点を許したものの、盗塁死や牽制死などベアーズの拙攻にも助けられ、6回終了までを6安打1失点に抑えていた。
しかし、味方のライオンズも凡打を繰り返していた。チャンスは作るもののタイムリーが出ず、相手投手、パク・ミョンファンの前に4安打に封じ込まれていた。
味方の攻撃中、ブルペンで投球を繰り返すホッジス。小高いマウンドから戦況を見つめ、自軍の応援をする。6回表、一死一、三塁のチャンスはゲッツーで潰えた。つづく7回表、二死満塁のチャンスも九番打者チョ・ドンチャンの三振であっけなく終わった。その瞬間、ホッジスは足元を見つめ、大きく息を吐くと、再びマウンドに向かい歩き始めた。
0対1のまま、ホッジスの奮闘は7回裏を迎えていた。小康状態を保っていた漆黒の空から、再び雨がパラパラと落ちてくる。
先頭打者から見逃し三振を奪ったものの、八番打者カン・イングォンにライト前ヒットを食らう。つづくソン・シホンをセンターフライに打ち取り、二死一塁。ここで、ライオンズベンチから背番号82が登場した。このとき、この日いちばんの歓声が起こる。今年から韓国球界に復帰した「人間国宝」、ソン・ドンヨルヘッドコーチがマウンドに駆け寄る。
投手交代だった。6回2/3、投球108、被安打7、3四球、1失点。それがこの日のホッジスのマウンドだった。
まばらな客席からまばらな拍手が起こる中、ホッジスはベンチ奥に姿を消した。
近くに座っていたライオンズファンの韓国人が言う。
「ホッジスはダメだな」
それは“惜しいな”という意味なのか、“ピリッとしない”という意味なのか、文字通り“ダメ”なのか。その微妙なニュアンスは、わからなかった。
スタンドにはかつてのホームグラウンド神宮球場を思わせる色とりどりの傘の花が開いていた。
結局、ホッジス降板後の味方打線の一発攻勢で、3対1と勝利したライオンズ。
ホッジスには勝ちも負けもつかなかった。
試合終了後、球場を後にするホッジスとすれ違う。
“How do you feel in Korean life?”(韓国の生活はどうですか?)
その質問は耳に届かなかったのか、それとも答えたくなかったのか。ホッジスは足を止めることなく、足早に通り過ぎた。
18試合に登板、6勝7敗。防御率3.86。これがこの時点でのホッジスの成績だ。
その四日後、大観衆の甲子園球場。
弟のトレイ・ホッジスは7回を4安打無失点に抑えるという好投で、見事な一軍デビューを飾った。
「兄から聞いていたけれど、甲子園のファンは熱狂的だね」
思えば三年前の夏、ケビン・ホッジスが初登板初勝利をあげたのも、ここ甲子園だった。