ジーコ・ジャパン ドイツへの道BACK NUMBER
2005年キリンチャレンジカップVSホンジュラス戦(2005年9月7日)
text by
木ノ原久美Kumi Kinohara
photograph byTakuya Sugiyama
posted2005/09/09 00:00
ワールドカップ(W杯)出場決定以降、初めての親善試合が9月7日に宮城スタジアムで行われ、日本代表はホンジュラスに後半4得点をあげる猛攻で5−4と逆転勝ちし、ジーコ体制下で勝ち星のなかった中南米のチームからの1勝目を手にした。
「ミスを失点に結び付けないこと」。
試合前日、成績不振の続く中南米相手との対戦を前に対策を聞かれたジーコ日本代表監督はそう答えていたのだが、前半の3失点は懸念していたミス絡みで獲られたものだった。
日本は久々にMFに稲本、中田浩二、中村、中田英寿、FWに高原と柳沢の欧州組を起用して4−4−2の布陣で臨んだ。
だが、欧州シーズンの日も浅く、選手によっては暫く試合から遠ざかっていたこともあってか、コンディションにばらつきが見られ、MF−FWの欧州組だけでなく、彼らと最終ラインを務めた国内組とも今ひとつ歯車が噛み合わない。
そうなると、スピードと個人技を生かしてするするとスペースに入り込んでくる相手を捕まえられない。特に最終ラインとボランチの間のスペースをうまく使われて翻弄された。前半7分にはそのスペースに走りこんだFWマルティネスにパスを出され、同27分にはMFガルシアに左CTB宮本と三都主の間のスペースへスルーパスを通されて、いずれもゴール前へするりと現れたFWベラスケスに合わされて失点した。
高原の昨年3月シンガポール戦以来のゴールで1点差に追いついたが、前半終了直前には中田英寿がボールを奪われて、前半終了時に1−3とされてしまった。
ただ、0−2、1−3、2−4と3度にわたって2点差をつけられた相手から5点を奪い返した粘り強さや、試合中に選手自らの力で修正を図った点などは、いままでにはなかった部分だ。そこに選手の成長のあとが伺える。
2失点をした前半途中からは、中田英寿が自らの判断でボランチの位置にさがって3ボランチでプレーし、チームは落ち着きを取り戻した。彼の危険を察知して軌道修正する能力の高さが現われた一例だろう。
後半は、中田浩二がボランチの中央を担当し、中田英寿が左に出て自由にプレーすることで、チームのバランスはさらによくなり、反撃へ転じた。
日本の2点目は中村FKに柳沢が合わせ、3点目は中村のPKだったが、70分の4点目は交替出場したMF小笠原の左サイドからのボールを柳沢が持ち込んで決めたもの。そして78分の決勝点は、左サイドを攻め上がった三都主からの折り返しを、ゴール前に顔を出した小笠原がGKの逆を突いてゴール右へ蹴りこんだ。
「最後まで試合を捨てなかったことは評価できる」とジーコ監督は言った。バランスを崩さずにプレーし続ければチャンスが来ることを選手は理解しているし、それを実行に移すこともできるというのだ。
だからこそ、ミスを減らせと指揮官は説く。しかも、世界の強豪と対戦するW杯で、1失点の負担は他のどの試合よりも重くのしかかってくることは想像に難くない。いかに失点を抑えるかは勝ち残りへの重要なポイントになる。
「中南米相手に得点が僅差ということは、それだけの力がついたということ。だから、そういう相手にはいかに自分たちのいい形を最後まで続け、数少ないチャンスを確実に決めて失点をしないようにするか。ミスを少なくするのが全てだ」。ジーコ監督はそう説明した。
選手もそれは理解しているようで、試合後、選手の口から出たのは5点獲ったことよりも、失点への反省の弁が多かった。
「うまくボールを回されて、こっちがパニックしてしまった」と中田浩二が言えば、右SB加地は「パスをつなぐチームに対する守り方を再確認させられた」と振り返った。宮本は、「久々のメンバーでプレーして連係がうまくいっていない中で、高い位置でボールを取りに行こうと理想を求めてしまった。でも、失点をしないための見極めをしないといけない」と言った。
日本代表の次の対戦相手は、10月上旬のラトビアとW杯初出場を決めたウクライナ。来年6月の本大会開幕までに異なったタイプの相手と試合をすることになるだろうが、それぞれの試合で出た宿題は忘れずに片付けたい。