アテネ五輪コラムBACK NUMBER
【特別連載 山崎浩子のアテネ日記 第4回】
念をおくる。
text by
山崎浩子Hiroko Yamasaki
photograph byHiroko Yamasaki
posted2004/08/19 12:52
「今日はあのときの服を着てきた」と、あるカメラマンが言った。あのときとは、体操男子団体で金メダルを獲ったときのこと。そのときに着ていたのとまったく同じ洋服を、個人総合のこの日にも着てきたのだという。
日本からは冨田洋之と米田功が出場したが、どちらにもメダルの可能性がある。また彼らに金メダルを獲ってもらいたいということで、縁起を担いだというわけである。
そうかと思えば、日本のライバル国の選手たちに“念をおくる”カメラマンたちもいる。もう少しがんばれば○○選手を追い越せるとなると、「こうなったら ○○選手に鉄棒から落下してもらうしかないな。じゃあ、みんなで念をおくろう。落ちろ! 落ちろ!」と言って、ライバル選手のミスを念ずるのである。
私だってそう。ライバル選手の演技中は、ずっと「落ちろ」と念じ、ミスをしようものなら、「よしっ」と小さくガッツポーズまでしている。他の国の記者もライバル意識むき出しで、隣に座ろうものなら空気がピリピリしてしまう。プレスだからといって客観的な見方をしているわけではなく、どこの国のプレスも思いっきり自国寄りのスタンスに立っているのだ。
縁起を担ぎ、念をおくったおかげで、ライバル選手は思いもよらないところで大きなミスを犯し、本当に鉄棒から落ちた。
しかし、それだけでなく日本の米田も落ちてしまったのは計算外だった。念が強すぎたのか、それとも他の国のプレスに「日本は落ちろ」と念じられてしまったのか。
まあ、それが原因で多くの選手にミスが出たわけではないだろうが、“念”が徒労に終わると、恐ろしいほどの脱力感に襲われる。
「こんなことなら、あんまり変なこと考えるんじゃなかったな。どの国の選手も練習をがんばってきたんだから、みんながんばれよと念じるべきだったな」などと反省していたら、冒頭のカメラマンが言った。
「あのときと違って、今日は香水をつけてきたのがいけなかったのかな……」