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キモ強王者・北岡悟が闘う
“想像力”という敵。 

text by

橋本宗洋

橋本宗洋Norihiro Hashimoto

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photograph bySusumu Nagao

posted2009/06/18 06:01

キモ強王者・北岡悟が闘う“想像力”という敵。<Number Web> photograph by Susumu Nagao

「戦極で王者になって帰ってきました。次も勝ちます」と、目線はすでに8月2日の廣田瑞人との戦極ライト級初防衛戦に向けられていた

 戦極ライト級王者、北岡悟の異名は“キモ強”という。すなわち、キモくて強い。

 なぜ“キモい”のか。それは、彼の放つエネルギーが、見る者の許容量を遥かに超えてしまうものだからだ。

 たとえば入場シーン。肩をこれ以上できないほどにいからせ、大股で歩を進める北岡の目は“ぶっ飛んでいる”としか表現できない。闘志どころか、妖気が宿っている。記者会見や公開練習では、自分の実力と、それに及ばない対戦相手との差をナルシスティックにまくしたてる。それもリップサービスや“あえて自分を追い込むため”ではなく、心の底からそう思っているふしがある。彼の表現する強さ、格好良さは一般的に考えられている格闘家、スポーツマン像から、大きく逸脱しているのである。すべてが極端で、過剰なのだ。

凱旋マッチで見せた“必殺技”。

 ホームリングへの凱旋マッチとなる6月7日のパンクラス・ディファ有明大会での坂口征夫戦でも、北岡の“キモさ”は際立っていた。公開練習では、例によって自信満々のコメントを連発する。

「彼なりの精一杯をやってくると思うけど、僕は戦極王者であり、パンクラスで一番強い人間だと思ってるんで。ひねり潰したいと思います」

「坂口選手は判定決着のない“勝つか負けるか”の試合をする選手。でも、そういうのは浅はかですよ。格闘技は宝くじじゃない」

 何もかもが過剰な北岡だが、試合ぶりだけはいたってシンプルだ。組みつき、寝技に持ち込み、関節技を極(き)める。戦極で記録した5勝のうち、判定は一つだけ。残りはすべて1ラウンドでの一本勝ちである。

 坂口戦も、1ラウンド1分26秒で決着がついた。タックルからフロントチョーク、これがディフェンスされると再びタックルで倒し、最後はアキレス腱固め。フロントチョークもアキレス腱固めも北岡の得意技であり、坂口も充分に対策を練っていた。それでも、極まってしまう。今の北岡の関節技は、格闘技界では数少ない“必殺技”だといえる。アキレス腱固めを仕掛けられた瞬間に立ち上がり、鎖骨を踏みつけようと目論んでいた坂口にも、タップすることしか選択肢はなかった。曰く「一気に凄い力で締め付けられて、立とうとすることすらできなかった。強さの次元が違いすぎる……」。

遠回りの果てに訪れた、生き方の転換。

 試合ごとに強烈なインパクトを残す北岡だけに「もしUFC王者のB.J.ペンと闘ったら」、「DREAMのトップファイターたちと対戦したらどうなるのか」と想像をかきたてられる。だが北岡は、他団体に闘ってみたい選手はいるかと聞かれ、こう答えている。

「闘うまでもなく、北岡が一番強いと言われるようになりたい」

 北岡には、PRIDEライト級GP出場者決定戦に勝ったもののPRIDE自体が活動休止になるという苦い過去がある。UFC参戦も、かつて憧れた船木誠勝との対戦も叶わなかった。時流を追って遠回りした北岡は、戦極参戦を機に時流を超える道を選んだのだ。“評価してもらう”のではなく“評価させる”生き方への転換である。求めるのは次元の違う強さであり、強さの絶対値なのだ。

 北岡の最大の敵、それは観客の想像力なのかもしれない。「もし北岡と○○が闘ったら……」。そんな想像をさせないくらいの強さを見せつけたいのだろう。だから常に勝利への最短距離を走り、試合時間は短くなる。少しでも隙を見せようものなら「北岡の弱点はここじゃないか?」という想像を喚起してしまうからだ。

 目の前の相手に勝つだけでなく観客の想像力まで奪おうというのだから、そのためのエネルギーも尋常ではない。言葉があふれ出し、目には妖気が宿る。“キモい”と言われたぶんだけ、北岡は強さの絶対値に近づいているのである。

北岡悟

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