MLB Column from WestBACK NUMBER
ファンと選手、あるべき関係とは?
text by
菊地慶剛Yoshitaka Kikuchi
photograph byGettyimages/AFLO
posted2004/12/06 00:00
先日NBAのピストンズ対ペイサーズ戦で起こったファンを巻き込んでの乱闘事件は、まさに衝撃の一言に尽きた。これまでもアメリカの四大プロスポーツを取材してきて、様々な乱闘事件を目にしてきたが、今回は明らかに選手とファンの間に存在していた暗黙の“境界”を越えてしまったものだった。
確かにNBAでは、他のスポーツ以上に選手とファンの境界線がかなり曖昧だ。両者を明確に区切るものは何もない。日本で言うなら相撲がそうだろう。しかし誰1人として、土俵に投げられた座布団が当たり、怒った力士が砂かぶり席にいたファンに殴りかかる図を想像できないだろう。それほど前代未聞な出来事なのだ。
とはいえ、この現象はNBAに限ったことではないだろう。すでにメジャーリーグでも、選手とファンの間にあった暗黙の境界(秩序とでもいうべきか)が崩壊しつつあるように思う。自分が記憶する限り、今シーズンだけでもふたつの事件が起こっている。ひとつはアスレチックス対レンジャーズ戦で、レンジャーズのブルペンがある一塁側内野フェンス越しにアスレチックス・ファンと選手が喧嘩になり、選手が観客席に投げ入れた折りたたみ椅子で女性ファンが顔を負傷した事件。
もうひとつはドジャースのホーム試合で、ブラッドリーの失策に怒った地元ファンが投げつけたペットボトルに、今後はブラッドリーが逆ギレし、ファンのそばまで近寄りボトルを投げ返した事件だ。この時は自分も現場で取材していたのだが、試合後の後味の悪さが今なお残っている。
これまでもグラウンド内での選手の乱闘事件や、観客席でのファン同士の喧嘩は決して珍しいものではなかった。しかし選手とファンの間での揉め事は皆無といってよかった。ところが近年では、両者の関係は明らかにボーダーレスになりつつある。
理由は様々挙げられるだろう。今回のNBAの事件にしても、選手間の乱闘騒ぎだったピストンズの選手と、ファンに手を出したペイサーズ3選手の処分の差が顕著だった通り、若い選手たちのプロとしての自覚が希薄化しているのは間違いない。だが個人的には、スポーツ観戦のエンターテイメント化が進みすぎ、ファンの質をも低下させてしまったように思えてならない。
アメリカの四大スポーツでは、ファンを会場に足を運ばせるため様々な付加価値をつけようと努力している。その一環として、ファンを盛り上げるため試合中に派手な演出を施す。様々な音響効果を取り入れたり、スター選手の登場にテーマソング(そのほとんどがヘビメタ)を流したりと、演出は年々過激さを加えている。最近ではその雰囲気がプロレス会場と遜色ないところまで来ているだろう。それだけに、会場に足を運ぶ人たちがすべて純粋にスポーツ観戦を楽しみにしているファンとは限らないのだ。中にはわざと選手を怒らせるのを目的に、我々からみても行き過ぎた言動をとるファンも確実に増えているように思う。
だからといってスポーツ観戦のエンタータイメント化が間違いだとは思わない。むしろファン離れが著しい日本のプロ野球が見習ってほしい部分であり、必然的に進むべき方向だと思う。ただアメリカの場合、それが過渡期を迎えてしまった。今後は協会や各チームで新たな秩序を構築する方策を考える時期にあるのだろう。ビジネスとして世界最先端を行くアメリカのプロスポーツ業界ゆえの苦悩といえる。