カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER
From:ビジャレアル「寒い中、手に汗握った田舎町。」
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byShigeki Sugiyama
posted2005/08/29 00:00
リバプールとビジャレアルで見たCL予備予選。
夏なのに涼しい中、“熱い”試合が展開されていた。
そんな欧州をもっと堪能するために必要なのは……
リバプールは思いのほか、行きにくい場所にある。マンチェスター空港からマージー鉄道という典型的なローカル線に揺られること1時間以上。たった2両編成だし、ディーゼルカーだし、日本のどこを見渡しても走っていそうもない超おんぼろ車輌だ。マンチェスターとリバプール。欧州サッカーを代表するメジャー都市を結ぶ路線なのに、この有様は情けない。
寂しい気持ちにも襲われる。車内に差し込む日差しは弱々しいことこの上ない。車窓から吹き込む風も、涼しいと言うより寒いと言うべきだろう。Tシャツの上に白の長袖シャツ、さらにストーンアイランドの薄手のブルゾンを着込んでもまだ寒い。これで車内に活気があれば、救われる気にもなるが、そうでないところがまた辛い。2両を合わせても、乗客は僕を含めてたった5人。もちろん、美人さんの姿も見当たらない。北海道の奥地を一人旅してるんじゃあるまいし、とにかく僕は、夏の終焉をひしひしと実感しながら、リバプール・ライムストリート駅に降り立った。
何を隠そう、僕はこの「ライム」ストリートという駅名に、毎度、ひどく敏感に反応してしまう。甘い、辛い、酸っぱい、しょっぱい等々、味覚にはいろいろあるが、中でも僕は酸っぱいが一番のお気に入りで、ライムはその究極の食べ物であるからだ。酸っぱさにうちひしがれている瞬間こそが、快感のピークといっても良いくらいで「酸っぱい道」という駅名には、人生のあるべき進路に導かれるような厳粛な響きを覚えてしまう。
ふと、この夏2度も訪れた韓国で、せっせと食べた冷麺を思い出す。スープに酢とマスタードをたっぷり掛ける韓国の冷麺は、僕のフィーリングに100パーセントマッチしていた。だがそれは、韓国の夏が普通にキチンと暑かったこととたぶんに関係する。まさに涼をいただく行為が、快感を後押ししていたことは間違いない。
今回の状況とは全く別だ。寒々しい電車に長いこと揺られた末に「酸っぱい道」に辿り着くと、そんな暢気も言ってられなくなる。普通の人間なら、一人旅の寂しさを実感し、涙ぐんでしまうに違いない。
だが、申し訳ない。僕はしぶとい。涙はそう簡単に流れてこない。120パーセントの酸っぱさ、言い換えれば「酸っぱすぎる道」に、良い感じ良い感じと、それでも酔いしれている。遠い場所に一人でやってきちゃった感を、やせ我慢ではなく、思う存分満喫できてしまったのである。
それにしてもだ。リバプールは寒い。気温は15度。ホテルに到着するなり、僕は部屋に備え付けのヒーターを全開にした。夏にヒーターを入れた経験は、さすがに記憶がない。リバプールがこれなら、さらに北にあるグラスゴーはどんな状態なんだろう。セルティック取材も寒そうだろうなと思い描きながら、メールをチェックすれば、知人編集者から、ボルトンを訪れているという知らせが舞い込んできた。ボルトンはマンチェスターからリバプールとは逆方向に、電車で何十分か行ったところにある。そのうえボルトンは、リバプールより田舎だ。中田英寿選手も、うちひしがれることが好きな性分なのか?
そうこうしていると、「番号」編集部の女性編集者K(推定20代半ば)から連絡が入った。「カメラマンの●●さんとライターの●●さんと、マルセイユに来ているんです!」。「コルシカ島にも行って来たんです」。豪華メンバーと共に、暖かいリゾート地の取材ですか。そりゃあ良かった。でも、こっちの方が良いと思うよとは、さすがに言い返さなかったが、たぶんそれは事実なのだと思う。
リバプール対CSKAソフィア。チャンピオンズリーグ予備予選3回戦。リバプールは第1戦のアウェー戦で3−1の勝利を収めていた。勝負は粗方決していた。にもかかわらず、ソフィアは素晴らしいサッカーを展開した。4−3−3のそのサッカーはとても美しく、王者リバプールを少なからず慌てさせた。記憶の1ページにしっかり止めておきたくなる、欧州サッカーの真髄を見るような一戦だった。隣に座るブルガリア人記者も、試合後、拍手で選手を讃えた。つられてというわけではないが、僕もソフィアに拍手を送ると、記者氏は、そのデカく分厚い手でこちらの手を握りしめてきた。
翌朝、リバプールの「ジョン・レノン空港」に向かえば、すでに構内は、ブルーのエバートン・サポーターで溢れかえっていた。彼らと僕の目指す最終目的地は、ビジャレアルで一致する。リバプールは無事、チャンピオンズリーグ本戦へ駒を進めた。リバプールのホーム、アンフィールドと大きな公園を挟んだ反対側に、ホーム「グディソン・パーク」を持つライバルチームの運命はいかに。チャンピオンズリーグ本戦出場を懸けた「マージーサイドダービー」の変形版に、僕は立ち会うことになったのである。
チャンピオンズリーグ予備予選3回戦、第2戦、ビジャレアル対エバートン。舞台となるビジャレアル市の人口は、わずか4万5千人で、小さいが故のラブリーさもない。スペインには、珍しいほど色気を欠くパッとしない街である。期待していた「真夏のスペイン」も堪能できずじまい。欧州はいま概して涼しい。うちひしがれる思いが、スペインでも続くとは想定外。これで試合がつまらなければ「ざまあ見ろ!」ってな目で見られるところだが、そうではないのが僕の旅の良いところ。申し訳ないけど、ここでも欧州サッカーの真髄を、たっぷり堪能しちゃったというわけ。ビジャレアルのホーム「マドリガル」の収容人員は、わずか2万2千人。南米の場末を思わせる舞台で、これほどまで活気のある試合が見れちゃうなんて、幸せ。長い今シーズンを乗り切れそうな活力が沸いてくる。
明日はモナコ。明後日は再びスペインに戻りバスクへ。そこで夏らしい夏と、それなりの酸っぱさが堪能できればなお嬉しい。