MLB Column from WestBACK NUMBER
レイズのエースが犯した痛恨の禁忌
text by
菊地慶剛Yoshitaka Kikuchi
photograph byGetty Images/AFLO
posted2008/11/06 00:00
ようやく2008年シーズンが終焉を迎え、8月から始まった私のレイズ取材も終わりを告げた。
もちろんワールドシリーズ敗退という締めくくりは残念でならないが、開幕直後にこのコラムで、レイズのプレーオフ進出を期待する気持ちを明らかにしていた。当の選手たちでさえ驚いているくらいなのだから、こんなに早く実現できるとは正直思ってもみなかった。最後の試合を戦い終えた後、マドン監督は全選手を集め、「負けたことで終わりじゃなく、これが本当の始まりなんだ」と訓示した通り、自分自身もレイズの“シンデレラ・ストーリー”はまだ始まったばかりだと考えている。
さて今回は、ちょっとワールドシリーズを振り返ってみたいと思う。実は、フロリダに戻った後岩村選手が報道陣に語ってくれた言葉が印象的だった。
「ぼくたちはいい意味でも悪い意味でも下馬評を覆してしまいましたね」
不利が予測された地区シリーズとリーグ優勝決定シリーズでは見事にホワイトソックス、レッドソックスを撃破する一方で、逆にワールドシリーズではレイズ有利の予想がほとんどだった。それだけのプラス要素がレイズにはあったからだ。
昨年のロッキーズとレッドソックスのワールドシリーズ同様、フィリーズはシリーズまで1週間の休みが入り、レイズはギリギリまで試合をすることができた。また今季本拠地でメジャー最高勝率を誇るレイズが、第1、2戦を地元で戦える日程だった。昨年の王者だったレッドソックスに逆王手をかけられながら第 7戦に勝利したのも本拠地試合。両チームの勢いは、明らかにレイズが上だと思われた。
第1戦を落としたものの、第2戦に勝利したレイズ。ここまではリーグ優勝決定シリーズと同じ展開だった。そして敵地初戦となる第3戦の先発も、シリーズMVPを獲得したガーザ投手。もちろん第3戦に必勝態勢で臨んだはずだった。が、しかし……。実は第3戦を前に、“大きすぎる”小さな出来事が起こっていた。その話を知った時、自分自身も(やってしまった!)と危惧せざるを得なかった。
肝心のガーザ投手が、大舞台の勝負では絶対にしてはいけない禁忌(タブー)を犯してしまったのだ。ある取材の場で、フィリーズの打線について聞かれた彼は、以下のように答えたのだった。
「これまでヤンキースやレッドソックス、タイガースのような強豪打線と対戦してきているだけに、それと比較すれば多少は息が抜けるとは思う」
これまでメジャーリーグを含め様々なスポーツの大試合を取材してきたが、自分が知る限り、対戦相手をさげすむような軽はずみな発言をしたチームには、絶対といっていいほど勝利の女神が微笑んだ試しはないのだ。もちろんガーザ投手も決してフィリーズを見下しての発言ではなかったと信じているが、このちょっとした気の緩みが、レイズにとってあまりに大きな代償になってしまった。
というのも、単純に大事な第3戦を落としたというだけでなく、ガーザ投手自らがフィリーズの看板コンビのアットリー選手、ハワード選手に2者連続本塁打を喫したことだ。その後の活躍をみればわかるように、特にプレーオフではまったく不振だったハワード選手を、間違いなくこの一発が目覚めさせてしまい、田口選手流の表現でいう“イケイケどんどん”打線を完全に勢いづかせてしまった。そこにメジャー屈指の熱狂的なフィリーズ・ファンの応援が加わってしまっては、さすがのレイズでも、その苦境を跳ね返すだけの勢いはなかったようだ。
マニエル監督がシリーズ中に「プレーオフに入ってから我がチームのスカウティング・レポートは非常に機能している」と発言しているように、フィリーズのスカウトたちが見事にレイズを分析していたのは間違いないだろう。だが自分自身は、それ以上にガーザ投手が今回やってしまったようなほんの些細なミスが大きな影響を及ぼすものだと信じている。それほど大舞台での短期決戦は戦い方が難しいというべきだろう。
「逆に悔しさが残っていい。これまで(負けて)去るものの気持ちを味わったことがなかった。去るものの気持ちがわからないと上には立てない」
まさに岩村選手の言葉通りだろう。レイズはシーズンの最後に、敗れた悔しさと大舞台を戦う難しさを体験することができた。プレーオフ中もずっと進化を続けてきた若きチームにとって、今シーズンの経験は想像もつかないほどの教材となったはずだ。
最後にもう一度だけ繰り返しておこう。レイズの“シンデレラ・ストーリー”は、これから本番を迎えようとしているのだ。