チャンピオンズリーグの真髄BACK NUMBER
日本人の経験値。
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byRyu Voelkel
posted2006/09/01 00:00
日本人選手が、チャンピオンズリーグの舞台に登場するのは、小野伸二がフェイエノールトの一員として出場した'02〜'03シーズン以来、実に4シーズンぶりの話になる。小野はその前のシーズンを含めて、通算9試合に出場した。もちろんこれが、日本人の最多出場記録になる。チャンピオンズリーグの出場回数は、いまや選手のステイタスを示す世界基準。代表の国際試合がフレンドリー化する傾向の中で、その出場回数は、代表試合出場数より、重要な価値を持つ。その意味からすると、日本人選手の最高が、小野の9試合というのは、寂しすぎる現実だ。W杯でベスト16を狙おうという国の姿とは、著しくかけ離れている。
ドイツW杯で、日本が惨敗を喫した大きな要因だと僕は思う。時の代表監督の力量に、大きな問題があったことは疑いようのない事実だが、チャンピオンズリーグの舞台を踏んだ経験のある選手が不足していた点も、いっぽうで、忘れてはならない。
精神力不足ではなくて経験不足。ここのところはハッキリさせておく必要がある。メディアの論調には、その精神力不足を嘆く傾向が目立つ。ジーコの采配に以上にだ。しかし4年に一度しかない晴れの舞台で、頑張ろうとしない選手はいない。いるはずがない。頑張っていないように映ってしまったに過ぎない。頑張り方が分からなかっただけの話だ。場数を踏んでいないから。慣れていないから。チャンピオンズリーグ出場者がゴロゴロする時代は、いつになったら訪れるのか。だからこそ日本には、それを補うべく優秀な監督が必要なのである。
それはともかく、中田英が、W杯でひとり頼もしく見えた原因は、欧州で8年間プレイした経験があったからに他ならない。彼にはチャンピオンズリーグの出場経験はない。予備予選の3回戦止まりながら、世界選抜にも選ばれるなど、それを補う機会には十分に恵まれていた。顔も売れていれば、立ち振る舞い方も知っていた。
レッジーナで3年、セルティックで1年。欧州で4年間プレイした経験はあるものの、W杯はドイツ大会が初出場。中村俊輔の場合は、中田英に比べると、経験という点では見劣りする。ドイツで頼りなく見えたことと、大きな関係があると僕は思う。しかしそんな彼に、一転して、名誉挽回のチャンスが到来した。チャンピオンズリーグに賭ける彼の気持ちには、並々ならぬものがあるはずだ。
セルティックが戦うグループリーグ(F組)には、マンチェスターU、ベンフィカ、コペンハーゲンがいる。マンUは言わずとしれた強豪で、ベンフィカにも昨季ベスト8の実績がある。無名のコペンハーゲンにしても、予備予選の3回戦で、アヤックスを逆転で下して出場した経緯がある。ベスト16入りは簡単なハードルではない。ドイツW杯の日本代表を思い出す。立場は似ている。中村俊輔には、学習効果を発揮するチャンスでもある。モジモジした情けないプレイは許されない。オシムもその姿は、しっかりチェックするに違いない。
そのサッカーの指向性と、中村俊輔のプレイとは、良好な関係にあるとはとても言えない。水と油の関係といったらオーバーだが、接点は見いだしにくい。いまのところ、中村俊輔は他の選手とは別ゾーンにいる。招集が掛からなくても、外された選手とは見なされない立場にいる。オシムと中村俊輔との関係は闇の中に置かれているが、オシム的には、できれば選びたくない選手であることは、彼のこれまでの言動から、簡単に推察できる。とはいえ、チャンピオンズリーグに出場するのは、日本人ではその彼のみ。中村俊輔が、選手としてかけがえのない経験を積む可能性を秘めていることぐらい、オシムだって知っている。チャンピオンズリーグで指揮を執った経験がある。貴重さは熟知している。中村俊輔のプレイには、嫌でも目を凝らさざるを得ない状況にある。
中村俊輔対オシム。セルティックが挑むチャンピオンズリーグには、そうしたテーマが隠されている。俊輔が勝つか、オシムが勝つか。この戦いは見物だ。中村俊輔がスタメン出場を飾り、セルティックがベスト16に進出できれば、俊輔の勝ち。でなければ、オシムの勝ち。俊輔を外しても大義名分は通る。結末はどうなるのか。僕は楽しみで仕方がない。