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大型新兵器“ビッグ・ヤン”の活性効果。 

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鈴木直文

鈴木直文Naofumi Suzuki

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posted2006/09/05 00:00

大型新兵器“ビッグ・ヤン”の活性効果。<Number Web> photograph by Naofumi Suzuki

 同じグリーンをチームカラーとするヒブスをホームに迎えた“バトル・オブ・ザ・グリーン”は、PSVから350万ポンドと言われる移籍金で新加入したばかりのオランダ代表FWヤン・フェネホールオフへッセリンク効果により、セルティックが逆転勝ちを収めた。“ビッグ・ジョン”ことジョン・ハートソンの放出以来待望された大型センターフォワード、しかも欧州の舞台でその実力を認められた久々のビッグネームの獲得は、セルティック・ファンに心地よい高揚感をもたらしている。

 同時に、長い間固定できなかった左SBにも、ウルバーハンプトン・ワンダラーズから元U21イングランド代表のリー・ネイラーを60万ポンドで獲得した。これでセルティックに欠けていた最後の2ピースが埋められ、あとは、プレミアシップ挑戦を熱望するペトロフを何とか繋ぎとめつつ、数日に迫った移籍市場の閉鎖を待つばかりとなった(欲を言えば、レアル・マドリッドからトーマス・グラベセンも獲得できれば申し分無いのだけれど)。

※編集部注 この後、欧州移籍市場が閉じる間際に、ペトロフのアストンビラへの移籍、および、グラベセンの加入が決まった。

 余談だが、ネイラーの獲得に関しては、ファンの間から不満の声も上がっている。彼はせいぜい“チャンピオンシップ(イングランドのプレミアシップの下部リーグ)・レベル”の選手で、セルティックには相応しくないというのだ。しかし、実はこっちの方が移籍市場におけるセルティックのポジションを正しく現しているといえる。セルティックやレンジャーズは、欧州でも有数のビッグクラブに数えられるけれど、それはサポーターの数やクラブの歴史と伝統を指しているのであって、財政規模をみればイングランド・プレミアの下位チームに対しても劣勢にあるというのが実情なのだ。リーグのテレビ放映権収入に雲泥の差があるからだ。

 だから、むしろフェネホールオフヘッセリンク(これも余談だが、名前が長すぎてタブロイド紙もどう省略したものか悩んでいる)の移籍の噂が上がったとき、ストラカン監督を含めて多くの人が実現可能性が低いと考えた。彼ほどのビッグネームとなると、クラブ間の移籍金で合意できたとしても、選手の要求する給与水準を満たすことが難しい。事実、同じオランダ人ストライカーのジミー・フロイド・ハッセルバインクには、条件面での格差が大きすぎるという理由でフラれている。こうした背景があるから、サポーターの期待と喜びは殊のほか大きいのだ。

 ヒブス戦でのストラカン監督による彼の投入のタイミングは、このサポーターの期待の大きさを最大限に利用したものだった。前半20分過ぎからウォーミングアップを開始していたから、後半開始と共に投入されるかとも思われたが、意図的に10分間遅らせ、交代時の観客のボルテージアップによって一層チームに勢いを与えるように仕組んだのだ。0-1のまま打開策を見出せないでいたセルティックだが、監督の意図通り、“新兵器”が投入されると、勇気を吹き込まれたように勢いを取り戻した。中村俊輔のプレーにも前半とは違った大胆さが見られるようになった。

 これは単に精神的な変化ではなく、確かな戦術的な効果と結びついたものだった。

 前半のセルティックは、ヒブスのクリエイティブな中盤に主導権を握られ、前半8分、ヒブス注目の新戦力、モロッコ人MFゼマンマの見事なスルーパスから右サイドのスコット・ブラウンに先制点を許す。対するセルティックは、前節引き分けたインバネスCT戦の反省から、早めにサイドからクロスを上げ、ペナルティ・エリア内に飛び込む人数を増やすことを徹底した。中村も意図的にいつもより多くクロスを上げ、逆サイドからのクロスに対しては積極的にゴール前に飛び込んでいった。しかし、小柄なズラウスキとミラーの2トップに対して、ヒブスのディフェンス陣に易々とクロスを跳ね返されては鋭い速攻を仕掛けられるという展開が続いた。中村の惜しいFKがあった以外、得点の予感はしなかった。

 それが、“ビッグ・ジョン”ならぬ“ビッグ・ヤン”の投入により、「ディフェンスからのロングボールが、単なるロングボールじゃなくて、パスとなった」(中村談)ため、マッギーディや中村が2トップの後ろへ自信を持って絡んでいけるようになった。その結果、マッギーディのスルーパスをネイラーが折り返したところをズラウスキが合わせ後半17分の同点ゴールが生まれた。更に21分の決勝点。“ビッグ・ヤン”の存在感に押されてヒブスのディフェンス・ラインが下がるとマッギーディがミドルシュートを狙い、ポストから跳ね返ったボールをフェネホールオフヘッセリンク自身が蹴り込んだ。

 契約交渉と引越しでアイントホーフェンとグラスゴーを1週間に2往復半したフェネホールオフヘッセリンクは、「最後の10分は疲れて息が苦しかった」と言いながら、セルティックでのデビュー戦を楽しんでいた。頼もしい新相棒に嬉々としてロングフィードを蹴りこむ中村の頭の中では、“ビッグ・ヤン”とのコンビネーションのイメージがとめどなく湧き出していた。

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