MLB Column from USABACK NUMBER
クォーターバックのナイス・キャッチ
text by
李啓充Kaechoong Lee
photograph byGettyimages/AFLO
posted2005/05/06 00:00
4月14日のヤンキース対レッドソックス戦、2回表、ティノ・マルティネスが放った強烈なライナー性ファウルを、スタンドでジャンプ一番好捕したファンが拍手喝采を浴びた。両腕を上げながら喝采に答えるファンの顔がセンターの大スクリーンに映されると、フェンウェイ・パークはさらに大きくどよめいた。ファウルを好捕したファンが、実は、名クォーターバック、ダグ・フルーティーだったからである。
フルーティーは、特に、ニューイングランドで抜群の人気を誇っているが、それというのも、ボストン・カレッジ在籍中の1984年に、カレッジ・フットボール最高の栄誉とされるハイズマン・トロフィーを受賞しているからだ。同じく84年、対マイアミ大学戦終了間際に決めた48ヤードの逆転へイル・メリー・パスは歴史的名プレーとされているし、プロ入りした後も、体が小さいというハンディキャップにもめげず、スピード感あふれるプレーでファンを魅了してきた。
フルーティーは「野球はいつもグローブ持参で観戦。今回で、ファウル捕球は4試合連続」と言うが、そんな強運に恵まれるのも、グローブ持参という準備の良さがあるからこそと、言ってよいだろう。
フルーティーの例でもわかるように、アメリカでは、大の大人が、野球場にグローブを持って行くのは当たり前の光景となっている。私が日本を離れたのは 1990年だが、少なくとも私がいた頃までの日本では、野球場にグローブ持参で現れるような「恥ずかしい」ことをする大人などいなかった。いい年をした大人が童心に返ってグローブを手にすることができるかどうか、その辺りに日米の野球文化の違いが一番大きく現れているように思うがどうだろう。
ところで、フルーティーの「ナイス・キャッチ」を見ながら私が思い出したのは、数年前、ブレーブス対メッツ戦のテレビ中継で、インタビューに答えていた女性ファンのことだった。この女性、手にグローブをはめながら嬉々としてインタビューを受けていたが、「解説者に何か聞きたいことは?」と振られて、「シェイ・スタジアムでファウル・ボールを取ろうと思ったらどの辺の席に座るのが一番いいか?」と真剣に聞いたものだった。
私が、なぜ、こんなたわいないやりとりを鮮明に覚えているかというと、この女性ファンが、僧衣に身を包んだ本物の修道尼だったからである(アトランタ出身のこの修道尼、修道院経営の施設での老人介護が「本職」だったが、この日はたまたま非番で、数年ぶりに贔屓のブレーブスの応援に訪れたということだった)。
老いも若きも、大スターも普通の人も、そして、信心者も不信心者も、手にグローブをはめ、どきどきしながらファウル・ボールが飛んでくるのを待つ。それが、アメリカ流の野球観戦なのである。